2024年11月26日( 火 )

川崎老人ホーム転落殺人事件(6)~介護職員の光と影

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第6回 過酷な現場と低い介護報酬(1)

 友人にTという印刷業を営む男がいる。不況の煽りを受け、月に数回、市内にある有料老人ホームの“宿直”という仕事に就いたことがある。入所者の突発的な事故(死亡、怪我など)の際、介護職員の手助けをする仕事である。直接介護には関わらない。正直暇だ。横になって休んでいても構わない。だから施設内の夜の様子がよく見えた。夜中でも四六時中どこかで、意味不明な音や声が聞こえる。徘徊と思える廊下を歩く入所者の足音。介護職員の押し殺した怒声。静寂さの中で、異様な雰囲気だけが増殖されていくように感じた。仕事を引き受けた当初、「ひどい仕事を引き受けてしまった」と後悔した。「まるで無間地獄。絶対に入りたくない。あそこが自分の終の棲家だと考えただけで、暗澹としてしまう」と話した。結局Tはその仕事を2年で辞めた。

koureisya 連載第2回でもリポートしたが、入所者が生身の人間である以上、夜勤の介護がライン(分刻みで職員の作業を定めた業務表)通りには進まない。認知症、徘徊、弄便(自分の便をもてあそぶ)。入所者との意思の疎通を欠く場面が少なくない。有料老人ホーム「Sアミーュ川崎幸町」で3人の高齢入所者を階段から投げ落としたとされる23歳の今井隼人容疑者にとって、「こんなはずではなかった」と思ったはずだ。

 同ホームで昨夏、4人の介護職員がナースコールを外したり、「死ね」などの暴言を吐いたり、入所者の後頭部を叩いたりする“虐待”や、手首にあざ(多分に拘束痕)なども報告されている。過酷な現場が事件を誘発させた可能性も否定できない。在宅介護を余儀なくされる家族でさえ、実の親(連れ合い)の理不尽な行動(多くは認知症のため)に激怒し、殺意を抱くことも少なくない。「『介護の時に、きつい言葉を言われた』。長年の介護によるストレスで、妻の言葉をきっかけに殺害に及んだ可能性がある」(「朝日新聞」平成27年12月21日付)として、栃木県警が71歳の夫を逮捕したという事例もある。

 介護というものは、家族にとって人生初めての体験。想定外の行動に戸惑い、迷走する。ましてや他人の下の世話をしなければならない施設介護に従事する若者にしてみれば、神経を麻痺させるか、耐えるしか選択肢がない。介護ストレスがたまり、密室での“暴言”や“暴力”に直結しやすくなる。上司(経営者)からの無理難題な介護要求もストレスに拍車をかけることになるだろう。加えて、低賃金。

 こうした状況下で介護職から離れる人が急増している。介護職員の確保のメドが立たないため、空き室となっている特養も存在する。安倍首相は4月26日、「1億総活躍国民会議」の席上、2017年度から保育士の月給を2パーセント増の約6,000円増、介護士に対しても1万円増を図ると述べたものの、選挙対策の感は否めない。原資は?「焼け石に水」の話は次回に譲る。

 最近、Tに会った。「仕事がない。それでもあの“宿直”だけは受けたくない」と自嘲気味に話した。

(つづく)

 
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