トランプ「大統領」の外交・金融政策が日本を直撃する(4)
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副島国家戦略研究所(SNSI)研究員 中田 安彦
トランプは自ら「プーチンは強いリーダーだ」と評価しているように、タフな指導者と交渉し、「ディール(取引)」を結ぶことを好む。彼は相手が尊敬できる手強い交渉相手でなければ評価しない。トランプが大統領であるか、ヒラリーが大統領であるかにかかわらず、腰が引けている指導者を相手は評価しない。だから、非合理的な要求には、ひるまず強気で交渉に出るべきだ。ただ、今の日本で小沢一郎以外に「アメリカがあんまりにも無理な要求をするようであれば出て行ってもらっても構わない」と言い切ることのできる政治家がいるとも思えない。
トランプに限らず、アメリカの財政難に対する風当たりを考えると、ヒラリー大統領でも経費負担や防衛費の増額をアメリカ側が求めてくる事は考えられる。その時に、交渉相手になるジャパン・ハンドラーズたちに「日本もアメリカと同じでカネはないんだ。日本はこれ以上金を出せ、武器を買えというアメリカの要求には応えられない」と言い切る事ができる政治家がいなければならない。さらに気になったのはトランプの財政・金融政策だ。トランプは5月6日の経済専門チャンネル「CNBC」へのインタビューで、米国債の支払いに対する一部債務不履行を予告するとも見られる発言をして、一部で物議を醸している。ロイターの報道では、「当面低金利を支持するとともに、インフラ修繕費用をまかなうため、一部債務の借り換えを目指すべき」と述べたうえで、「米国債をめぐって再交渉しないものの、金利水準次第では、割引価格で買い戻す方針」を表明したという。
このインタビューの中で、トランプは自らを「借金王(The King of debt)」と呼び、低金利政策のもとで経済政策を実現するために債務を増やしていくとのべたが、同時に金融危機が訪れた場合には「ディールをする」と述べた。ブルームバーグは「経済の低迷が長期化した場合は自身のビジネススキルを生かして米国の債務負担を減らせると主張。債権者に債務減免の受け入れを迫る考え」と報じている。この発言を投資家は今のところは真剣に受け止めてはいないが、メディアは「素晴らしい、トランプが国家債務のデフォルトの恫喝をした」(ハフィントンポスト)とか「ドナルド・トランプの債務削減案:債権者に損失を受け入れさせる」(ニューヨーク・タイムズ)などとトランプが一般のビジネスの再生策と国家債務の再編策を同列に論じていることに冷ややかな目を向けている。
中には「確かに国家が債務を返済できない場合に債権者に損失を迫ることがあるというのは正しいし、米国債が一部デフォルトする可能性があるのはそのとおりだが、大統領候補のあなたがそれを言うべきではない」(フォーブズ)という指摘もある。デフォルトする前から「一部借金を返さないかもしれない」と宣言する借り手は「前代未聞」だというわけだ。カジノの経営再生をした時の債務整理の経験をアピールしたかったようだが、大統領に当選してから同じような発言をしたら国債市場がパニックになるかもしれない。
今のところ、米国の十年債の金利は低位安定しているが、指導者の不用意な発言によって国債に対する信頼を失わせてはならないわけだ。ティーパーティーという財政緊縮の保守主義者の一団が議会で米国債発行の上限を緩和するという議会指導部の動きに対して数年前、それを阻止しようとする、つまり、米国債を一時的にデフォルトさせてでも、米国の借金体質を食い止めようとする動きに出たことは記憶に新しい(「財政の崖」問題)が、これを連想した人もおおいのではないか。トランプの政策を見ていると、TPPを批准しないというのはいいにしても、日本の自動車や中国からの製品に30%以上の高関税を課すと声明していることや、イスラム教徒の入国を禁止したり、ヒスパニック系の不法移民をせき止めようとし、一方で国債を次々と発行して国内のインフラ拡充などの経済政策に回すと宣言している。ところが一方で、彼は以前に「ワシントン・ポスト」のインタビューで国家債務19兆ドルを8年間以上かけて削減するとも言明しており、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるような発言のようにも見える。
仮に米国が借金を返せないとトランプが判断し、債務削減交渉に乗り出すとき、一番影響を受けるのは、米国債に多額を投資している日本や中国だ。中国はそのような危機に際しては米国債を予め投げ売りするかもしれない。そのような事態になれば、世界経済は単なる円高では済まない大混乱に陥る。「借金王」であると同時にトランプは何度となく自らの経営するカジノを破綻に追い込んで生き残ってきた「破綻王」でもある。トランプ大統領は、いざとなったら米国をデフォルトさせることをせんたくするのではないか、そのような不安が拭えない。
今の段階でトランプが大統領になるかはまだ分からないが、安全保障面でも金融面でも、日本は腹をくくったほうがいいかもしれない。
(了)
<プロフィール>
中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。関連キーワード
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