2024年12月27日( 金 )

20年前に「パナマ文書」の世界を予見!(2)

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立教大学 経済学部 教授 櫻井 公人 氏

現行国家を解体して、大きくするのか小さくするのか

 ――「カジノ資本主義」で、私たちも、いつの間にかギャンブラーにされてしまうのは怖いことですね。ところで、「国家の退場」は21世紀の今、他にどのような点に現れていますか。

book 櫻井 「国家の退場」という現象は、21世紀の今、とても多くのさまざまな面に現れています。国家が解体(退場)する場合には、大きくなる場合と小さくなる場合とがあります。
 最近のわかりやすい例で言えば、イギリスの欧州連合(EU)離脱是非を問う国民投票が6月下旬にあります。現在の国民国家は超国家機関(EUなど)に統合されていくのが1つの流れで、そのためイギリスもEUに加盟しました。しかし、それを離脱して小さな国家に戻ろうとしています。

 一方で、スコットランドはそのイギリスから離脱しようとして、2014年9月に「英国からの独立の是非を問う住民投票」を行いました。最終的な投票結果は残留55%・離脱45%
に接近しました。その理由は、イギリスに残るとともに、EUに残ることに国民が価値を認めたからです。
 しかし、もし今回、イギリスがEUから離脱することを決定した場合は、「住民投票」が再燃する可能性があると言われています。とてもねじれた関係に見えますが、似たような例は現在、ドイツのバイエルン、ベルギーのフランデレン、スペインのバスクやカタルーニャなど、世界中至るところにあります。

冷戦後は国家と国家が戦争する可能性は小さくなった

 もう1つは、現在私たちの頭のなかや地図上では国民国家として認識していても、その実態は、誰が支配しているかわからない破綻国家、失敗国家、マフィア国家などが増えています。

 ストレンジの提唱する「国際政治経済学」のなかで、最大テーマの1つに「戦争と平和」があります。ストレンジは、戦争は国家と国家がするものという前提で考えることは必ずしも正しくなく、冷戦後はむしろ、国家と国家が戦争する可能性は小さくなったと言いました。実際に戦闘状態をつくり出すのは、国家と国家の間に国家でない主体が紛れ込むときであるというわけです。

 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)の問題は、その典型的な例と言えます。ISは建国を宣言、英国と同じ大きさのイラク西部とシリア東部で「暴力の独占」を維持し、市民に対する権限を行使しています。しかし、ISは国家ではありません。少なくとも先進国は国家として認めていません。宗教的な問題なども絡み、このような曖昧さを持って、21世紀社会は始まっています。「対テロ戦争」も国家を相手にした「戦争」ではありませんでした。

経済危機に適切な対処できなくなった「国家」が挫折

 ――カジノ資本主義、マッドマネー、国家の退場など、20年前にストレンジは21世紀社会を予見するかのようなシナリオを検討していたように感じます。ストレンジとは、どのような人物なのですか。

 櫻井 彼女はイギリスの国際政治経済学者で、『エコノミスト』や『オブザーバー』の記者を経て、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)、ヨーロッパ大学院(EUI)、ウォーリック大学の教授などを歴任しています。1995~96年には、ISA(International Studies Association)の会長を務めています。その著書、『カジノ資本主義』、『マッドマネー』、『国家の退場』などを通して、資本主義にとってのマネーと信用の管理や「グローバル」化の歴史的な意味合いなどを、とても明解にわかりやすく著した人物と言えます。

 『国家の退場』では、経済危機に適切な対処のできなくなった「国家」が挫折して、他の非国家的諸勢力や権威に対して、時にその座を譲り渡さざるを得なくなった現実を克明に描いています。その際にストレンジは、国家に代わる超国家企業(多国籍企業)、国際カルテル、国際監査法人、国際官僚機構、テレコムからマフィアまでの非国家主体が国境を越えて、グローバルな規模で活躍していくようになることを予見しました。

多国籍企業はその経済的パワーを増し、国民国家と拮抗

 多国籍企業に関して言えば、数カ国以上に子会社を有する企業の数は、1970年代の約7,000社から2006年には約7万8,000社に急増しました。ゼネラル・モーターズ、ウォルマート、エクソンモービル、三菱、シーメンスと言った多国籍企業のトップ200で、世界の産業部門の産出の半分以上を占めています。さらに、多国籍企業はその経済的パワーを増し、国民国家と拮抗する存在になり、世界の資本家、テクノロジー、国際市場へのアクセスのほとんどを手中に収めているのです。

 また、多国籍企業のグローバルな活動は、規制緩和が進むグローバルな労働市場のなかで強化され、とくに、南世界で安価な労働力、資源、有利な生産条件を獲得し得ることで、企業の機動力と収益力を高めてきています。現在では、多国籍企業の活動は世界貿易の70%以上を占めるようになっています。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
sakurai_pr櫻井 公人(さくらい・きみひと)
立教大学経済研究所長、立教大学経済学部経済政策学科教授
静岡県生まれ。81年京都大学経済学部卒業、87年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。阪南大学教授を経て現職。主な論文・著書に「P.クルグマンの戦略的貿易政策批判」(『阪南論集 社会科学編』第30巻第3号)、『グローバル化の政治経済学』(共編著、晃洋書房)、『現代世界経済を捉えるver.5』(共編著、東洋経済新報社)、『現代国際金融 第3版』(共編著、法律文化社)、訳書として、『マッドマネー』(共訳書、岩波書店)、『国家の退場』(共訳著、岩波書店)、『新版グローバリゼ―ション』(共訳著、岩波書店)などがある。

 
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