20年前に「パナマ文書」の世界を予見!(4)
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立教大学 経済学部 教授 櫻井 公人 氏
リアリストが「国益」という場合は、中味を問いません
――少し話を転じます。「パナマ文書」問題もそうですが、最近起こる一連の問題(「集団的自衛権」(安全保障)、「TPP」など)は、多くの国民が考える利益(「幸福」とか、輝かしい「未来」)とは、遊離している場合も少なくないように思えます。先生は「国益」について、どのようにお考えですか。
櫻井 ストレンジも言及していますが、「国益とは何か」というのは難しい問題です。
今日、私たちの生活がますます国民政府の手を離れつつあるのは事実です。そのため、政府の考える「国益」概念と国民の多くが考える「国益」概念には、違いが出てくるのは当然かもしれません。まず、「国益」と言う言葉は、ある立場の人たち、リアリスト(現実主義者)、が好んで使う言葉であることを理解する必要があります。リアリストは「国家の退場」とまったく正反対の考え方をします。すなわち、国家はいつでも完璧であるという立場です。
そして、その場合の「国益」については中味を問いません。国益の最大目標は軍事上の「安全保障」であると決まっているからです。それ以外の、国民個々の「幸福」や輝かしい「未来」などは、2番目、3番目で、それも、ものすごく小さな位置づけになっています。
一方、リアリスト以外の人たち、たとえばリベラリスト、自由主義者、マルキストなどは別のかたちで中味を問うことがあります。すなわち、それは「庶民の利益ですか」「労働者の利益ですか」「金融資本家の利益ですか」など、と考えます。人びとの生活に根ざした脅威のほうに重点を置くべきでは
最近の議論では、軍事に偏りすぎる「安全保障」は定義し直される傾向にあります。仮に外国から攻撃を受けていなくても、国民が貧困であるとか高等教育を受けることができないという状況で、「安全保障」ができているとは言えないという議論です。
この「人間の安全保障」という概念は、インドの経済学者、アマルティア・セン(ノーベル経済学賞受賞)によって提唱されました。従来、安全保障という概念は、国家間の紛争から国民と領土を守る意味合いで使われていました。そこでは、国家による軍事力の増強と国家間の武力均衡が求められており、各国は多くの予算を軍事費に割り当てていました。
しかし、冷戦後の社会においては、国家間の政治対立に基づいた武力に対する脅威よりも、貧困や健康、環境問題といった、人びとの生活に根ざした脅威のほうに重点を置くべきであることを指摘しています。そして、冷戦終結にともない削減傾向にあった軍事予算を、貧困の撲滅やあらゆる差別・格差を是正するための支援に振り向けるために、「人間の安全保障」という概念を提起したのです。多くは、実は政治的、人為的に決定されているのです
――時間がなくなってきました。本日は、「パナマ文書」問題を始め、さまざまな「国家の退場」についてお聞きしてきました。ストレンジが『国家の退場』で予見したことが、20年の時を経て、今現実になりつつあります。そのなかでも、ストレンジは読者に何を一番伝えたかったのでしょうか。
櫻井 ストレンジの独自性は「経済問題解決に対する政治的な決定」という発想です。それは、「我々が今無意識に、経済学的に、市場論理的になどと、思い込んでいるものの多くが、実は政治的に決定されている」ということだと思います。
具体的に言いますと、為替の問題や金融の問題は人為が絡みにくいので、あたかもマーケット(市場)が決めていると我々は思い込まされています。しかし、これこそ、政治的に、人為的に決定された事柄、あるいは構造的パワーの影響を受けている最たるものだ、ということです。グローバル経済においては、国民国家の権威は明らかに衰退し、他方で非国家的な権威が拡大しています。ストレンジは、この政治的に圧力をかける非国家的な権威として、超国家企業(多国籍企業)、金融取引業者、巨大監査法人、保険ビジネス、国際カルテル、テレコム連合体、国際官僚からマフィアなどの裏のグローバル化の実態も描き出しました。
具体的に言えば、私たちは、外交は国が専権的に扱うべきものと思っています。しかし、現在では、国と国との外交の他都市間の外交や、国と多国籍企業の外交、多国籍企業と多国籍企業の外交は、当たり前の現実になっています。倫理的にはともかく「違法としないことにしよう」と
ストレンジは、今までお話してきたことを、淡々と国際政治経済学者として語っていただけのように思われがちですが、私は、彼女にはもう少し熱いもの(ジャーナリスト魂みたいなもの)があったように感じています。ものすごく簡単に言えば、「タックスヘイブン」とは、道徳・倫理的にはやってはいけないことはわかっているが、「違法としないことにしよう」と、各国首脳が決めたにことに過ぎません。そこを鋭く批判しています。
さらに、ストレンジは別の書物では、金融規制を専門家にやらせることを、「密猟者たちに見張りをさせる」「狐に鶏小屋の見張りをさせる」ことと同じであるという厳しい表現を使っています。これから「伊勢志摩サミットG7」が始まります。来日する各国首脳とは官僚、議員、政治家などのことです。また彼らには、多くの企業家が同行してきます。ストレンジは冷戦終結以降、「タックスヘイブン」の例を出すまでもなく、そのような場での議論が、ごく少数の彼らおよび近親者や関係者だけに、利益誘導がスムーズに起こるように進められていくことを危惧していたのかもしれません。
――本日はありがとうございました。
(了)
【金木 亮憲】<プロフィール>
櫻井 公人(さくらい・きみひと)
立教大学経済研究所長、立教大学経済学部経済政策学科教授
静岡県生まれ。81年京都大学経済学部卒業、87年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。阪南大学教授を経て現職。主な論文・著書に「P.クルグマンの戦略的貿易政策批判」(『阪南論集 社会科学編』第30巻第3号)、『グローバル化の政治経済学』(共編著、晃洋書房)、『現代世界経済を捉えるver.5』(共編著、東洋経済新報社)、『現代国際金融 第3版』(共編著、法律文化社)、訳書として、『マッドマネー』(共訳書、岩波書店)、『国家の退場』(共訳著、岩波書店)、『新版グローバリゼ―ション』(共訳著、岩波書店)などがある。関連記事
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