急増する「暴走老人」、困った高齢者たち(後)
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大さんのシニアリポート第46回
筑波大学斎藤環教授(精神科医)は、「余裕とか成熟というのは、社会的つながりがあってこそ成り立つ」と指摘する。世間的な認知度が高い大学教授(大企業の重役も)などは、退職時に肩書きを喪失。普通のおじいちゃん扱いされることにギャップを感じる。「一種の疎外感」が暴力事件へと突き進むことにもなる。認知症による暴力事件も報告されている。加害者の大半が男性であるということについて、斎藤氏は、「女性より男性の方が社会的に孤立しやすい。男性は、人間関係のほとんどが仕事関係という人が多く、定年退職してしまうと社会から孤立してしまう」と語る。
明快な分析だが、実は現役時代の肩書きが”一流”の人だけが暴力を起こしやすいとは限らないと思う。人は生まれてからこの方、何らかのコンプレックスを抱いて生活してきた。“それ”を糧(バネ)に力強く生きていく人もいれば、“それ”に必死で耐えながら生きてきた人もいる。わたしの周辺には後者が多い。そういう人たちは群れやすく、離れやすい。当初は”兄弟(姉妹)”のように付き合い、互いの家を往き来するが、何らかの齟齬を起点に一瞬にして袂を分かつ。そのときに暴言や大小の暴力が発生することが多い。そして双方に”恨み”だけが残される。これは終生修復されることはない。不思議なことに、その”恨み”を糧に生きはじめる。似たような”恨み”を抱く人(場所も)を求めて彷徨う。始末に負えないのである。
芥川賞作家藤原智美の『暴走老人!』(文藝春秋)の中に、「(老人の)生活範囲はせいぜい自宅から数百メートルで、近所づきあいも、またそれをこえた人間関係もほとんどなく、日常の行動パターンも限定される。そうした場合、毎日足をむける居酒屋や小料理屋がほとんど唯一のコミュニケーションの場、ある種の精神的ささえになっていることもある。それだけに濃厚な人間関係を生みやすい」と分析する。私が主宰する地域コミュニティ施設「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)でも、似たようなことが起きている。どこかの校歌じゃないが、「集まり散じて人は変われど」は日常茶飯事。付き合う相手を取り替え、別れた相手の悪口を言い合い、互いの共通意思を確認し合う。行動範囲だけではなく、興味、知識欲も限られている高齢者に、第二の人生に必要なのは「趣味」「ボランティア活動などの奉仕の精神」「友人を作る」と声高に叫んでも、所詮無理な話。藤原のいう「ほかに居場所を選びようもなかったのだろう。そのために些細な摩擦は日々大きくなり、『面白くない奴』『気にさわるヤナ奴』『目障りな奴め』と、怒りの感情がエスカレートしていった」と述べる。限られた空間の中だけで自分の存在を相手に意識させ、互いに「同士・仲間」という確認のための無理なマーキングを繰り返す。そこに悲劇が起こる。
高齢者の多くは携帯電話、パソコンなどの「IT」に疎い。自在にこなす若者の世界からは完全に蚊帳の外。根っこの発想すべてがアナログで、古い価値観で生きてきた彼らが若者文化を理解できるはずもない。定年後、第二の人生をスタートさせても、直前までいた「会社」という至福の世界の価値観からおいそれと抜け出せない。一日の時間割は自分で作り出す。これができない。「『第二の人生』の困難は、時間割を与えられるのではなく、自分でつくりださなければならないというところにある。これはきわめて意志的な精神力のいる『仕事』だ」(『暴走老人!』)。そのうえ家には自分の居場所がない。”近所・地域”という社会にはなじめず、疎外感、孤立感ばかりが加速する。そのときはじめて自分が「異星人だ」ということに気づかされる。肩書きも、考え方も、存在そのものが否定されたとき、老人は暴走する。
限界団地の”事件”は収まりそうもない。「みんな認知症だ。自分のことしか見ていない。50年前、この地に労働者の住む夢の住宅を作ったのは間違いだった気がしています」という自治会長の言葉が痛々しく響く。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連キーワード
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