2024年12月23日( 月 )

ゴングが鳴る前に自民党改憲草案を読む!(2)

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法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏

どんな国であれば自分は幸せになれるのか?

 ――いつの間にか大変な時代になってしまいました。このような時代をたくましく生きていくためには、国民はどのような術を身につければいいのでしょうか。

 伊藤 そんなに難しいことではありません。国民一人ひとりが、「どんな国であれば、自分は幸せになれるのか」を落ち着いて考えればいいのです。
 国民が自分の国(国家)を大切にするのは当たり前のことです。しかし、それには「国家が国民一人ひとりの幸せを目指している」という絶対的な前提が必要です。たとえば、国家の目指すところが、グローバル大企業の利益や一部の限られた富裕層の利益であれば、それを応援することは、すなわち自分たち、大多数の国民が不利益を被ってしまうことに他ならないからです。これは、右とか左とかのイデオロギーの問題とは別次元の問題です。

あちこちで起こるおかしな現象

hinomaru その見極めを多くの国民ができていないため、今おかしな現象があちこちで起こっています。若者は将来的に格差が開き貧困に追い込まれていく、また徴兵もあるかも知れない。しかし、自分の将来に、こんなにも大きな不利益をもたらす政策であるにも拘わらず、時にはその政策を応援してしまいます。逆に言えば、為政者があたかも本人たちに利益があるかのように粉飾して、意思決定を誤らせているわけです。メディアなどを使った世論操作なども行われるようになっています。

 安保関連法案審議の時などがよい例です。2003年から始まったイラク戦争に日本の自衛隊が派遣されました。国会で政府は「自衛隊は国連職員を運んでいた」という答弁をしています。しかし、実際には「2万人を越えるアメリカ兵を運んでいた(米軍支援)」ことが明らかになっています。2013年に「特定秘密保護法」ができたことによって、ますます国民が正しい意思決定をするための情報を得ることが難しくなっています。

 私たちは目先の利益や目先の情報だけでよく吟味せず、ものごとを判断してしまう傾向があります。そこを上手く利用するのがまさに為政者なのです。これは、ナチス・ドイツや戦前の日本に限ったことではなく、古今東西、為政者とはそういうものであることを歴史が証明しています。

自立・自律して行動できる力を身につける

 ――近刊『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』(大月書店)が話題になっています。この本を“緊急出版”された動機は何でしょうか。

 伊藤 一言で言うと、「国民投票」を迎える、国民一人ひとりが、自立・自律して、行動できる力を身につけて欲しかったからです。「あなたの赤ペンチェック」という欄でそれを表現しました。これからの日本社会においては、「誰かの言うことを聞いていれば何とかなる」とか、「誰かに従っていれば、守ってもらえる」という、他人を頼る、国を頼る生き方は全く通用しなくなります。憲法は私たちが作る国の設計図、国の在り方を指し示すものです。「自分にとって幸せを感じられる国とは?」を真剣に考えて欲しかったのです。

「護憲か改憲か」と言う罠に陥っていけない

 ――先生は今回自民党が「改憲草案」を出してくれて、とてもよかったと言われています。それはどういう意味でしょうか。

 伊藤 改憲論議のキーワードは「具体的」だからです。自民党の改憲草案は国民が議論する際の具体的なタタキ台にすることができます。しかも、これは自民党が野党時代の平成24年(2012年)に、自民党のコア層へのアピールとして作成されたものなので、自民党の本音が書かれています。

 さて、改憲論議をする場合に陥ってはいけない罠が大きく分けて3つあります。

 1つ目は、「護憲か改憲か」という罠です。参議院選直後、「改憲勢力が3分の2を超えました」という報道が、新聞、TVで繰り返し行われました。私はこの報道は意味がないと思っています。憲法改正問題は、反対か賛成かを対立軸にしてしまうと、一歩も動けなくなります。一口に護憲と言っても、今の憲法を「一字一句、未来永劫変えたくない」、「安倍首相は信用できないので、現政権下では変えたくない」から「現行憲法の目指す方向をより強めるように改憲したい」人まで幅広く様々だからです。

現行憲法の有効性が揺らぐことは全くない

 2つ目は、「この憲法は占領軍の押しつけかどうか」という罠です。これについても、論戦が繰り広げられていますが、私は意味がないと思っています。戦後、日本は現行憲法のもとで70年間やってきました。100歩譲って、この憲法が押しつけられたものであっても、現行憲法の有効性が揺らぐことは全くありません。憲法を改正する根拠にはならないということです。

この憲法はもう旧いのではないかという罠

 3つ目は、「この憲法はもう旧いのではないか」という罠です。「軍隊がないのは時代に合わない」という人がいます。これは全く論理の飛躍です。その発言をした人が、単に「軍隊を持ちたい、軍隊が必要である」と考えているに過ぎません。今の日本に軍隊が必要であるというのは単に1つの考え方に過ぎず、「軍隊は必要でない」という人もたくさんいます。もし、「軍隊がないと、戦争ができないので困る」と言うのであれば、もっと具体的に「そういう戦争をすべきなのか、さらには戦争ができる国にすべきかどうか」を先に、具体的に考える必要があります。「時代に合わない」という抽象的な言葉でごまかしてはいけません。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
itou_s伊藤 真氏(いとう・まこと)
弁護士(日弁連憲法問題対策本部副本部長)
1958年生まれ。1981年司法試験合格。1995年「伊藤真の司法試験塾」(現「伊藤塾」)を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。法学館憲法研究所所長。立憲主義の破壊に反対する『国民安保法制懇』の設立(2014年)メンバー。
著書として、『憲法の力』(集英社新書)、『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『けんぽうのえほん あなたこそたからもの』、『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』(ともに大月書店)など多数。

 
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