ゴングが鳴る前に自民党改憲草案を読む!(4)
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法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏
正規の軍隊を持って普通に戦争ができる国に
――前回、国民に直接的に大きな影響を及ぼしそうな改憲内容3つのうち、1つ目を教えて頂きました。2つ目、3つ目は何でしょうか。
伊藤 2つ目は、第2章「安全保障」です。
第9条 日本国民は・・・・・国権の発動としての戦争を放棄し、・・・・・国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。第9条の2 我が国の平和と独立・・・・・、内閣総理大臣を指揮官とする国防軍を保持する。
【自民党憲法改正草案(第2章 )より抜粋】
第2章では「戦争放棄」の文言がなくなり、「安全保障」に変わりました。日本は正規の軍隊「国防軍」を持って、アメリカとともに、普通に戦争ができる国、する国になります。第9条1項で謳っている戦争放棄は「国際紛争解決手段」すなわち侵略戦争を放棄するという意味です。これは世界標準であり、国連加盟国なら当然のことを言っているだけです。現行憲法では、第2項で徹底した平和主義を謳っていましたが、全面削除されました。これにともない、国民に課せられた愛国義務(草案前文第3段落)や領土保全義務(草案第9条の3)と相まって、国民の生活は軍事優先へと大きく変化することになります。自民党の改正理由に、「独立国家であれば軍隊を保有するのは世界の常識である」とされています。しかし、「軍隊は国家を守るものであり、国民を守るものではない」ことこそ、軍事の常識、世界の常識です。
個人主義を否定、戦前の全体主義に戻った
3つ目は、第3章「国民の権利及び義務」です。
第12条 この憲法が・・・・・自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第13条 全て国民は、人として・・・・・公益及び公の秩序に反しない限り・・・・尊重されなければならない。
【自民党憲法改正草案(第3章)より抜粋】
第13条で、「個人」(利己主義とは異なり、個々人の主体性を重んじること)を「人」に変えたことはとても重要です。「個人のための国家であって、国家のための個人ではない」という現行憲法の「個人主義」を全面的に否定しています。近代国家の憲法では、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど、どこの国も個人の尊重がベースになっています。日本だけが「個人主義」を否定、戦前の「全体主義」に戻ろうとしているのです。緊急権を司法的にチェックする規定がない
以上に加えて、新しく加わった第9章「緊急事態」についてもお話しておきます。なぜ「緊急権」が大事かと言いますと、この発動で、憲法秩序、すなわち「権力分立」と「人権保障」が停止してしまうからです。
第98条 内閣総理大臣は・・・・・、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、・・・・・・宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定・・・・、内閣総理大臣は・・・・・必要な指示をすることができる。
【自民党憲法改正草案(第9章)より抜粋】
現行憲法は緊急権を定めていません。緊急権は「戦争条項」の一つであり、現行憲法下では、日本が戦争をしない国として正規の軍隊を持たないためです。本来は戦争条項である緊急権を災害対策(第98条)と結びつけて設けようとするのは、緊急権の本質を国民の目から遠ざけようとするもので、徹底した恒久平和主義と真っ向から衝突するものです。又、諸外国の多くは、緊急権の権力行使を司法的にチェックする規定が憲法に定められています。しかし、自民党の改憲草案にはそれがなく、権力行使を事後的にチェックする機会を欠くため、濫用の恐れがますます高まります。
改憲に熱心な人だけが投票に行くことになる
――今後の憲法改正の流れと、読者にメッセージを頂けますか。
伊藤 憲法改正について、現行憲法では衆議院、参議院の両憲法審査会で野党も含めて十分に議論を練り上げた上で、発議することとされています。それが、「3分の2」の真意です。しかし、安倍政権では、安保関連法案の審議と同様、強行採決して発議する可能性もあります。発議されると、最短60日で国民投票が行われます。最低投票率の定めはなく、
有効投票の過半数で決まります。改憲に熱心な人だけが投票に行き、たとえ投票率が30%以下だったとしても成立します。着実に行えば、早く最良の結果が得られる
ではこのような事態に、国民はどのように対処したらいいのでしょうか。私は1つのメッセージとして、“Festina lente”というラテン語をお伝えしたいと思います。これはローマの初代皇帝アウグストゥス帝の座右の銘で「ゆっくり急げ」と訳されています。着実に物事を行うことが、一番早く、最良の結果を得るという意味です。つまり、このような時は焦りが一番の禁物です。国民投票までにはまだ十分な時間があります。
ヒトラーは「国民の理解力は小さいが、忘却力は大きい」とうそぶきました。私たちはこの言葉を忘れずに、地道に親しい友人から輪を広げ、憲法学習を継続し、国民投票の結果に悔いが残らないように備える必要があります。そのような機会に、私の今回の『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』がお役に立てば、とても嬉しく思います。
――なるほど、“Festina lente”ですか。いい言葉ですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
伊藤 真氏(いとう・まこと)
弁護士(日弁連憲法問題対策本部副本部長)
1958年生まれ。1981年司法試験合格。1995年「伊藤真の司法試験塾」(現「伊藤塾」)を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。法学館憲法研究所所長。立憲主義の破壊に反対する『国民安保法制懇』の設立(2014年)メンバー。
著書として、『憲法の力』(集英社新書)、『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『けんぽうのえほん あなたこそたからもの』、『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』(ともに大月書店)など多数。法人名
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