初の女性大統領の誕生か?ヒラリー・クリントン:仮面の女王(3)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
加えて、「政治を金儲けの最大の武器として使っている」との疑惑を受け続けているのもヒラリーである。スイスのUBS銀行から多額の献金を受け取る姿勢のままで、どこまで国民の信頼を勝ち得ることができるのだろうか。
思い起こせば、アメリカの金持たちが税金逃れの目的でスイスの銀行に多額の預金を積み上げていることが議会で問題になったことがある。2008年のことだ。その時、スイスの外務大臣と渡りをつけ、スイスの金融権益とメンツを守ったのが国務長官だったヒラリー本人である。それ以降、毎年、ヒラリーはUBSから莫大な寄附を受け取るようになった。
その背景は明らかだ。リーマン・ショック以降アメリカでは景気の低迷が続き、失業率も10パーセントを超えるという厳しい経済環境に追い込まれているからである。オバマ大統領とすれば、雇用確保の視点からTPPを打ち出したのである。この点、オバマとヒラリーでは認識がまったく違う。
つまり、さまざまな業界や団体が自らの利権を守るために、議会を通じて政府への圧力を強めているわけで、どこかで水面下の妥協や取引が行われる可能性は常にあったわけだ。これが政治の現実である。TPPに関しては、2015年10月、ようやく基本合意が得られたと言われるが、各国の議会が承認し、協定として効力を発揮するまでには、まだまだ紆余曲折があるだろう。国会で審議が再開した日本としても、柔軟な対応を担保しておくことが賢明だ。
アメリカの多くの産業界からは、TPPを通じて「自由で公正な貿易という大原則を確立し、アメリカがアジアとの連携を再構築するチャンスにすべきである」との考えが寄せられてきた。これこそ全米商工会議所が中心となって進めているTPP推進の動きの背景に隠された思想的背骨のようなものである。簡単に言えば、「TPPをアジア太平洋地域の自由貿易圏に進化させることで、アメリカの経済権益を確保せよ」という発想である。
アメリカ最大の労働組合組織である「アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)」でも、ことTPPに関しては条件付きでの支持しか表明していない。やはり、アメリカ国内での雇用確保がどこまで保障されるのか見極めがつかないというのである。2015年10月、ヒラリー・クリントンがTPP推進から慎重派に転じた背景も、そこにある。機を見るに敏なヒラリーらしい行動に違いない。
加えて、ヒラリーがTPP反対に舵を切った背景には、大統領選に出馬を検討していたバイデン副大統領を潰すという隠された狙いが込められていたことも知っておくべきだろう。TPPを推進していたオバマ大統領の後継を目指す立場を取らざるを得ないバイデンにとっては労働組合や環境保護団体からの支持がなくては戦えない話。
TPPが成立すれば、組合員にとっては厳しい雇用環境が待ちうけることは避けられなくなる。そこを見越して、労働組合の組織票を確保するためにTPP反対にスタンスを変えたのである。その結果、組合票をもぎ取られたバイデンは出馬を断念せざるを得なくなった。ヒラリーの見事な作戦勝ちである。
では、今後の交渉次第では日本の基準がアメリカやアジア、世界のスタンダードになる可能性はあるのだろうか。それは難しいだろう。なぜなら現状では、依然としてアメリカの消費者団体や環境保護団体の主張がアメリカの経済団体や農業団体との間で対立したままであるからだ。また、言うまでもなく、アメリカ国内のさまざまな法律や安全基準が必ずしも唯一絶対のものではないわけで、そのことをアメリカの世論や一般の消費者が気づくようになれば、TPPが内部的に崩壊する可能性も否定できない。
実は、そうした脆い基盤の上に立っているスキームがTPPなのである。アメリカの特定の企業や業界の利権を確保するための仕掛けが随所に散りばめられたTPP。「国際的な商取引を有利に進めるためのステルス兵器」とまで揶揄されるほどだ。
個別企業が思うような利益を上げられなかった場合、相手国の規制を理由に進出先の政府を訴えることのできる「ISDS条項」は、その典型であろう。秘密交渉に拘るアメリカ政府の思惑が、そこに隠されているわけだ。日本政府が国会に提出した黒塗りの交渉記録を見れば、その秘密主義が何を秘匿しようとしているのか想像できる。
交渉がまとまっても、まとまらなくても、また交渉参加国で批准されても、されなくても、交渉終了後4年間は機密扱いされ、その内容は公にされない、との条項があるのがTPP。そうした秘密主義に拘るのはなぜか。「自由貿易の拡大」という原則に反するのではなかろうか。アメリカ政府は「国家の安全保障に係わるため」というが、理解しがたい理由だ。あくまで「ポーカー・ゲーム」にこだわるアメリカ。日本としてもアジアやアメリカとのビジネスを進める上で冷静な情勢判断が欠かせない。(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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