トランプ新大統領がワシントン政治をひっくり返す!(前)
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副島国家戦略研究所・中田安彦(2016年11月9日)
いやはや手に汗握る争いだった。日本時間で11月9日午後5時前(米東部時間では8日午前3時ころ)に、2016年の大統領選挙を共和党のドナルド・J・トランプが制したことが全米のメディアで速報された。トランプは公職経験のないビジネスマンからという異色の経歴の大統領となる。しかも、同時に行われた上下両院選でも「トランプ旋風」が吹き荒れ、共和党は当初安泰と言われていた下院だけではなく、上院でも多数派となった。トランプはヴァージニア州以外の激戦州(フロリダ、ノースカロライナ、ペンシルヴェニア、オハイオ、ネヴァダ)をすべて制覇、もともと民主党の地盤だったウィスコンシン州まで制覇した。民主党は自動車産業のあるミシガン州は守りきったものの、結果的には大統領選挙人は、10日朝現在ではまだ確定しないミシガン州を残して、当選に必要な270を超え、290人を獲得した。
前回、私は9月11日の同時多発テロ慰霊式典の際に民主党のヒラリー・クリントン元国務長官が路上で卒倒した事件を受けて、「トランプ大統領誕生の流れ」へ、という記事を書いたが、その後もトランプ当選への道のりは紆余曲折を辿った。予想されていたように、10月9日の2回目の討論会の直前にジュリアン・アサンジが率いる「ウィキリークス」によるヒラリー関連のメール公開が行われたが、その同じ日にトランプが女性への公然たるセクハラを容認した録音テープが米紙「ワシントン・ポスト」によって公開されて、これでトランプの支持率が急降下した。しかも、翌日の討論会では、「ヒラリーは牢屋に入るだろう」(Because she would be in jail)と発言したので、主流派のメディアがカンカンになってトランプたたきを始めた。
そして、3回目の討論会が10月18日に行われて、翌日の19日のニューヨークで、ヘンリー・キッシンジャー元国務副長官やマイケル・ブルームバーグ元NY市長らエリート、いわゆる「東部エスタブリッシュメント」の面々を集めたカトリック団体主催の晩餐会が行われて、ヒラリーとトランプが揃って演説した。ヒラリーはあまりに余裕の表情だったので、私にはトランプが「道化」を演じているように見えたほどだ。(http://www.nydailynews.com/news/politics/trump-clinton-jabs-charity-dinner-article-1.2839064)
ところがこのあと、10月23日に、南北戦争の激戦地であったゲティスバーグで行われた演説からトランプは変わっていった。ここで彼は「当選後100日の公約」を掲げる演説を行ったのだが、それまでのメキシコへの壁建設に代表される移民反対やTPPなどの自由貿易協定反対といった、自著『傷ついたアメリカ』(ワニブックス)に謳っている政策に加え、「合衆国議員の任期制限」「ワシントンのロビイスト規制」を加えた、「濁ったワシントンの水をきれいにする」(Drain the Swamp)という新しいキャッチフレーズを打ち出したのだ。(http://www.dailymail.co.uk/news/article-3861392/Trump-prepares-Gettysburg-address-unveiling-100-days-agenda-aides-say-Hillary-just-waiting-clock.html)
政治の世界は素人だったアウトサイダーがワシントンに乗り込んで政治改革をする、というのはまさに1939年制作の名作映画『スミス都へ行く』(Mr.Smith goes to Washington)で描かれたテーマである。草の根の大衆の既成政治に対する不満を解消するリーダーのことをポピュリストといい、その運動をポピュリズムという。まさに今回の大逆転は、Mr. Trump goes to Washingtonという事になったわけだ。
今回、ヒラリーがトランプを対戦相手に迎えたことは、実はヒラリーのほうが狙っていたフシがある。というのも、ウィキリークスで公開されたメールの中に2015年2月、つまり彼が出馬会見をする4ヶ月前に、出馬を検討していたヒラリー陣営が、本選挙で与し易い相手ということで、支配層側の候補であるジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、マルコ・ルビオ上院議員らではない、非主流派(Pied Piper Candidates)のトランプ、医師のベン・カーソン、テッド・クルーズ上院議員をどうやって盛り立てていくかということを議論していたことが明らかになったのだ。またウィキリークスでは、CNNのコメンテーターをしていたダナ・ブラジル民主党暫定全国委員長が、ヒラリーに予備選挙段階での討論会での質問を事前に渡していた(つまり、ヒラリーはカンニングしていた!)ことも発覚した。私は、去年からCNNが24時間ずっとトランプ劇場を連日報道していたことをなぜだろうと思っていたのだが、そういうふうにヒラリー陣営の「作戦」があったようなのだ。(https://wikileaks.org/podesta-emails/emailid/1120)
しかし、ヒラリー陣営はトランプを甘く見た。トランプが本気で勝ちに来たときの彼のスタミナと、テレビ仕込みの大衆を魅了する能力を軽く見すぎたのだ。流出したのは、ヒラリー陣営の選対本部長のジョン・ポデスタ(クリントン政権での首席補佐官でもあった)のメールだったわけだが、その中で議論されていた「ヒラリーの圧勝シナリオ」だったはずが、「策士策に溺れる」という形で崩れてしまった。トランプ勝利にウィキリークスが重要な役割を演じたのは間違いない。
(つづく)
<プロフィール>
中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。関連キーワード
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