お年寄りは下ネタがお好き(後)
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大さんのシニアリポート第50回
拙著『老いてこそ二人で生きたい』(大和書房 1993年)に、加藤芳次(取材当時85歳)、小西芳(72歳)が登場する。再婚同士といいたいのだが、加藤の子どもたちが再婚を認めず、従って内縁関係にある。加藤は本宅から小西のマンションに通うのだから、「妻問婚」とでもいうのだろう。加藤は80歳のときに愛妻を亡くし、生きる気力を失うほどの喪失感にさいなまれる。当時住んでいた東京中野区の老人福祉センター保健指導主査だった大工原秀子(高齢者の性に関する研究の第一人者)と出会う。加藤の悩みを聞いた大工原は、「老人の性と生活を考える会」を立ち上げ、加藤に講演を依頼した。「この世は、どんなに老いても男と女が一緒に力を合わせて生きていくことがもっとも大切なこと。老人は経験が豊富。生きる術を知り尽くしている。残された最後のひとときを幸せに過ごそう。二人で生きるための老人のセックスは永遠に枯れない」と話した。この活動はマスコミの耳目を集めた。次に「無限の会」(高齢者専門の結婚斡旋所)に入会して小西と出会う。「満85歳になったばかりなんだけど、まだ欲望は十分にある。本人が健康なら、何歳になってももうこれで終わりであることはない。セックスは、人間の生における最高の行為の一つですよ。楽しく、快感があって、そのうえ二人が心身共に完全に和合する。人間にとっても、重要なテーマの一つなんですけどね…」といい、「セックスを避ける夫婦、避けない夫婦とでは、これからの人生において得るものが大きく違ってくるんです」といいきる姿が印象的だった。
大工原さんは著書『老年期の性』(ミネルバ書房 1979年)の中で、「性的欲求の程度となりますと配偶者のあるなし拘わらず『性行為を欲する』と答える男子老人が印象的でした。(中略)女子老人は、調査のはじめから“性”そのものへの嫌悪感があって、調査に答えられません。男には全く関心はないし、めんどうくさいとほとんどが答えます。女子老人には社会の抑圧が強く働いているようでした。その抑圧の正体が何であったのか、封建社会の性道徳の背景を一部知ることによって理解を深めました。このように女の性を、男が所有物視する限り男がどんなに高い性的欲求を持続していてもおばあちゃん達にヒジ鉄をくわされるのは至極当たり前で、女の性が男の性と平等に扱われて女の性を持った個人、その個人が人間として尊重されない限り、両性の性的欲求の満足はお互いが永久に得られないのではないかと思いました。(中略)これらのことからも、早急に当の老人を含めた国民が、正しい性の理解の基盤に立った老人の日常生活の中でこそ、老人の人格は守られるのではないかと思いました」と、年齢には無関係に「性への関心が人間生活の幸福に直結し、女性の性への開放が重要」と説く。飽くなき性への興味を追求する「ぐるり」常連客の外岡さんの態度に、「高齢なんだから身体に障る」「世間体が気にならないのかしら」「嫌だー、みっともない」といわないで、高齢女性も理解を示してほしいものである。
同じ常連で、呆けの症状を示す中井要蔵(仮名・93歳)さんは大の「尻フェチ」である。「女の魅力は尻以外にない。顔や身体つきは二の次。それもわたしの若い頃に大勢いたお椀のような尻を持った女性だね。今のように小ぶりで、ぷりっと腰が上に持ち上がったような女性には何の魅力も感じない」というのが口癖なのである。中井さんの意中の人で、理想とするお尻をお持ちの団地マネージャーTさんが、両親の介護のために辞められたのを機に、中井さんの呆け(認知症かもしれない)が進んだ。性的欲求が満たされなくなったとき、症状が進むという事実を垣間見た気がした。人間、認知症になっても感情とプライドだけは失われないという。考えてみれば外岡さんも中井さんも長寿だ。「ぐるり」の高齢常連客はおしなべて「枯れて」いない。「長寿には色気が不可欠」。これが何よりの証拠である。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連キーワード
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