慰安婦「圧力」外交の安倍政権「学級崩壊」の韓国社会を衝く(前)
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釜山の日本領事館前に設置された慰安婦像に抗議して、日本政府は6日、駐韓日本大使を一時帰国させるなどの対抗策を打ち出した。安倍首相は、メディアへの公表前にバイデン米副大統領と電話対談を行い、根回しも十分だった。虚を衝かれた韓国側は政府も政界もメディアも混乱状態にある。韓国は大統領の権限が停止された「学級崩壊状態」だ。「大使召還」は韓国の対日外交では常套手段だったが、ここにきて日本側も遠慮なしの戦術を駆使したのだ。2017年は例年、世界的に異変が続いた「酉年」である。日韓関係も1965年の日韓条約締結から52年目。安倍政権の「対韓圧力外交」は、様変わりする東アジア地図を象徴する事態を演出した。
矢継ぎ早の「抗議外交」
「駐韓大使、釜山総領事の一時帰国」「通貨交換(スワップ)協定再開の協議中断」を軸にした日本側の対応は、韓国側に「日本の強硬対応」と受け取られるに十分だった。もともと慰安婦問題で韓国側に不信感の強い安倍首相にとって、釜山慰安婦像の設置は「堪忍袋の緒を切る」演出を披露するに十分だった。
大晦日の31日、釜山慰安婦像の除幕式が行われると、韓国現地情報の収集を急がせ、年末年始に対抗策を考えた。1日、六本木で映画「海賊とよばれた男」を観覧した首相には、地元下関と海峡を接した門司で起業した出光佐三の「型破り人生」が教訓になっただろう。
4日、伊勢神宮を参拝。
5日、平常業務を再開すると、同日午後3時過ぎからアクションを開始した。新聞各紙に掲載された首相動静の記録はこうだ。午後3時34分 谷内正太郎国家安全保障局長、北村滋内閣情報官、杉山治樹公安調査庁次長。
同47分、北村内閣情報官。
4時08分 谷内正太郎・国家安全保障局長、外務省の秋葉剛男・外務審議官、金杉憲治・アジア大洋州局長、浅川雅嗣財務官。会議は約1時間半にわたった。参加メンバーから見て、この場で「対韓対抗策」が決定されたのは間違いない。
6日になると、動きはさらに加速した。午前9時13分に官邸入りする。同40分、バイデン米副大統領と電話協議。閣議後の午前10時23分、麻生太郎・副総理兼財務相と面談。同56分、横井裕・駐中国大使、金杉憲治・外務省アジア大洋州局長。午後零時48分、茂木敏充・自民党政調会長。午後1時24分、秋葉剛男・外務審議官、梨田和也・南部アジア部長。午後4時10分、谷内正太郎・国家安全保障局長、北村滋・内閣情報官、石兼公博・外務省総合外交政策局長、防衛省の岡真臣・防衛政策局次長、河野克俊・統合幕僚長、と協議は続いた。
このすべての協議が「対韓問題」でないのはもちろんだが、「天下動乱の年」を迎えて、官邸、与党、財務、安保、外務、防衛などと、多面的な協議を行ったことは明らかだ。
よく知られているように、安倍首相の地元は下関だ。父親の安倍晋太郎氏の代から、安倍事務所の周辺にはコリア人脈があった。コリアに対する愛憎半ばする感情は、祖父の岸信介氏譲りでもある。昨年12月の慰安婦合意をめぐって、安倍首相は「(慰安婦に直接謝罪する気は)毛頭ありません」と述べ、韓国側の反発を買った。このストレートすぎる表現は、安倍氏のルーツに絡まる感情の表出である。それほど山口県人(安倍一族)にとって、コリアは身近な存在なのだ。
(つづく)
<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)を歴任。国民大学、檀国大学(ソウル)特別研究員。日本記者クラブ会員。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp関連キーワード
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