米国にベンチャー企業の花を開かせたSBIR制度!(2)
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京都大学大学院思修館教授 山口 栄一 氏
米国の中央研究所のほとんどがつぶれた
――本家米国より上手く機能していた日本の中央研究所が突如縮小されたり、つぶされたというお話は衝撃的でした。しかし、中央研究所の廃止は当時の米国の影響とも聞いています。
山口 中央研究所終焉のムーブメントが最初に起こったのは米国です。その理由は簡単です。米国は日本と違い、70年代のオイルショックを乗り切れずに、80年代は大変な不況に喘いでいたからです。不況になると、古今東西起こることは共通しています。全てが短期目線になり、株主価値優先になります。つまり、長期的なもの、先端研究・基礎研究は切り捨てられます。「基礎研究は企業でやらずに、大学に任せなさい」という声が瞬く間に大きくなり、米国を代表するAT&Tのベル研がつぶれ、続いてIBMのワトソン研究所など、米国の中央研究所のほとんどが縮小させられました。
贅肉と誤って脳みそを切り落としてしまった
一方、日本では当時、中央研究所に対する内省的な批判はありませんでした。しかし、米国で生じた現象を無批判に受け入れて追随し、「株主価値」重視経営の名のもとに基礎研究から撤退していくという安直な「選択と集中」をしました。結果的に「贅肉を切り落とそうとして誤って脳みそを切り落としてしまった」と言えます。当時の科学ジャーナリズムが「中央研究所をつぶしたことは素晴らしい」と言い続けたこともこの動きに拍車をかけました。しかしその後、各企業の研究・開発費は減っているどころか増えているのです。
先ずNTTで、続いてNEC、沖、富士通、日立、東芝に波及し、規模縮小、廃止などが行われ、瞬く間に日本企業の科学者・研究者の数が半分を大きく割り込みました。残った科学者・研究者も、多くは開発部門のみならず事業部門、営業部門に配置転換になりました。
当時のNTT基礎研究所には約300人の科学者・研究者がいて、ノーベル賞を狙える方も数多くいました。帰国した98年に、その内の1人である著名な科学者が電話局前でテレホンカードを売っていた姿を私は今でも忘れることができません。日本は、大企業はとくにですが、「就職」ではなく「就社」の国なので、一度研究所を出ると、その専門性や創造性がまったく生かされることなく、「今度は営業をやりなさい」となってしまうわけです。米国では見事にベンチャー企業の花が開く
――中央研究所は米国でも日本でも終焉を迎えました。しかし、その後の科学・技術・イノベーションの進捗に大きな差が出て現在に至っています。見事にベンチャー企業の花が開いた米国に対し、日本の科学・技術・イノベーションは衰退の一途を辿っています。この違いを先生はどのようにご覧になられていますか。
山口 米国では中央研究所は終焉しましたが、90年代に見事にベンチャー企業の花が数多く開きました。米国で企業の中央研究所から出て行った科学者の多くは、大学に行くなり、ベンチャー企業を立ち上げるなりしました。この時点で、米国ではすでに産学連携体制が熟成していました。バイオ産業のアムジェン社、ギリアド・サイエンシズ社などが有名です。アムジェン社は80年に3人の化学者が創業、2013年には187億ドルの売り上げを計上、医療産業で世界第11位になっています。ギリアド・サイエンシズ社は数人の医学者と化学者によって87年に創業、同じく13年には、112億ドルの売り上げを計上、世界第19位となっています。
ベンチャー企業をめざす学生はいなかった
このようにたくさんの花が開いた米国のベンチャー企業の成功について、通説は「米国人はベンチャー精神が旺盛である。それに比べて、日本人はベンチャー精神に欠け、消極的で大企業志向が強い」というものです。つまり、その違いを国民性や文化的背景だけに求めています。しかし、本当にそれだけで、説明がつくのでしょうか。私はシリコンバレーを定点観測し、今回数十人に及ぶ科学者にインタビューした結果から、それは間違っていると考えるに至りました。
私は84年から85年に亘って、ノートルダム大学の客員研究員として、米国で優秀な大学院生を数十人指導していました。しかし、当時卒業してベンチャー企業に入りたいなどという学生は1人もいませんでした。ほぼ全員がAT&Tベル研に代表される大企業の中央研究所をめざしていました。スタンフォード大学にも行きました。しかし、卒業してベンチャー企業を創りたいなどという学生は同じく1人もいませんでした。米国の84、85年はそういう時代です。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなどの創業に憧れ、自分も後に続こうと考えだすのは90年代に入ってからのことです。
しかし、米国のベンチャー企業の萌芽は、先ほどお話したアムジェン社など多くが80年代に見られます。そこが不思議でした。80年代の米国は大不況なので、普通に考えれば、ベンチャー企業などはすぐつぶれてしまうと思われたからです。
前書を書いた時点ではその理由をまだ見つけることができませんでした。その後、米国で数十人という科学者に会い、今回そのエビデンスを見つけました。それが、「SBIR(Small Business Innovation Research)」制度に他なりません。
(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
山口 栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院思修館教授。物理学者(イノベーション理論・物性物理学)
1955年福岡市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科物理学専
修士修了、理学博士(東京大学)NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘
研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英国ケンブリッジ大学クレ
アホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。
著書に『イノベーションはなぜ途絶えたか‐科学立国日本の危機』(ちくま新書)、『イノベーション政策の科学―SBIRの評価と未来産業の創造』(共著、東京大学出版会)、『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩選書)、『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版)、など多数。関連記事
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