2024年12月27日( 金 )

米国にベンチャー企業の花を開かせたSBIR制度!(3)

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京都大学大学院思修館教授 山口 栄一 氏

公的な資金使って、「死の谷」を越えさせる

 ――米国にベンチャー企業の花を開かせた「SBIR(Small Business Innovation Research)」とはどのような制度でしょうか。

 山口 新しいイノベーション・モデルの礎を築いたSBIR制度は、技術系大企業の幹部を経てベンチャー・キャピタルを立ち上げ、1976年に国立科学財団(NSF)のプログラム・マネジャーとなったローランド・ティベッツが作成しました。背景は1970年代から喘いでいたアメリカの不況脱出であり、考え方は以下のようになっています。

 大学などで生まれる「科学知」を社会に役立つように具現化するにはそのリスクがとても高いため、市場に任せておけば大企業は投資を控える。一方、サイエンス型ベンチャー企業は自分のアイデアを世に具体的に提供したいと思っても、自己資本が少なすぎるため十分な投資ができない。さらに民間のベンチャー・キャピタルは、過度なリスクゆえに当然ながら彼らへの投資を避ける。

 先端技術の開発において、基礎研究の成果と実用化・製品化には、乗り越え難い「死の谷」(※)が存在する。そうしたファイナンス・ギャップが生まれると、イノベーションが阻害される。このイノベーションは最終的に、市民全体の富と幸福を増やすものである。従って、このファイナンス・ギャップは公的資金で補うべきである。

 この彼のアイデアは82年に「スモール・ビジネス・イノベーション開発法」として議員立法化され、同年この法の下にSBIRプログラムが開始されました。この考え方の根底には、「大企業はもはやイノベーションは起こせない」、「ベンチャー企業こそ、イノベーションのエンジンである」という鋭い洞察があります。SBIR制度は以下の3つの特徴を持っています。

公的研究費の一定割合をスモール・ビジネスのために拠出

 【特徴1】:米国連邦政府の外部委託研究費の一定割合をスモール・ビジネスのために拠出することを法律で義務づけています。時限立法ですが、82年から今日に至るまで変わらず延長され、2022年度(21年10月~22年9月)までの延長が議会で法制化されています。その割合は1997年~2011年度までは2.5%、その後は毎年0.1%ずつ上げられ、2016年度には3.0%(日本円で約2,000億円)、2017年度以降は3.2%に上げられます。

1社あたり日本円にして7,000~8,000万円の賞金

 【特徴2】3段階の選抜方式で「賞金」の授与者を決定しています。

sora 第1段階(フェーズ1):アイデアの実現可能性を探索する局面です。「科学行政官」(プログラム・ディレクターやプログラム・マネジャー)が課題を提供します。各課題は全て非常に具体的なものになっています。これに会社を起業した大学院生やポスドクら若き科学者たちが応募します。競争率約6倍で、選抜された企業に対し、8万~15万ドルの「賞金」を6カ月~1年の期間で拠出します。採択されると、実行可能性が調査され簡単な経営学についての教育を受けられます。

 第2段階(フェーズ2):技術の商業化を試みる局面です。フェーズ1で高評価を得た企業を競争率約2倍で選抜し、60~150万ドルの「賞金」を約2年間の期間で拠出します。13年~15年の平均値では1社あたり日本円にして約7,000~8,000万円です。「死の谷」を越えることができるギリギリの額に相当します。

 第3段階(フェーズ3):技術を商業化してイノベーションを成就させる局面です。ここでは「賞金」はなく民間のベンチャー・キャピタルを紹介します。アメリカ国防総省(DoD)やエネルギー省(DoE)などの場合は、生まれた新製品を政府が調達します。「この世にないものをあらしめた」ので当然、市場はまだ存在しません。そこで、SBIRに採択された企業の成長の弾み台として、政府が強制的に市場を創出します。

 この3段階の選抜方式によって起業した科学者たちは、研究者から起業家へとマインドセットをきちんと切り替えて、着実にイノベーターへの階段を上がっていくことができる仕組みになっています。すなわち、これは「大学などにいる無名の科学者を起業家に転じさせるために国が設けた『スター誕生』システム」なのです。これによって、アメリカは科学研究の成果を技術化し、産業応用する、というシステムを築きました。

科学行政官の課題に科学者は狂喜乱舞する

 【特徴3】科学行政官が提示する課題は極めて具体的で、「超高温で作動するセラミックのマイクロプロセッサを創れ」とか「光スイッチを用いたイオンチャネル創薬を発見せよ」とか「樹林地帯でも無線で位置情報を検知できるデバイスを創れ」などというものです。「この世にないものをあらしめるべく挑戦せよ」というミッションに米国の科学者は狂喜乱舞します。

 科学行政官の使命は、未来産業創造に向かうべき課題をつくり、それを申請者に提示することです。科学行政官は、研究者から政治的に独立していながらも、研究者と同じ深い最先端の知識を有していなければなりません。具体的には、(1)博士号を保持していること(2)研究経験が1年以上あって学術論文を執筆していること(3)講師・助教授以上のポジションについた経験があること、が要件となっています。科学行政官制度は米国以外にもイギリスなど欧州諸国にはありますが、日本にはありません。

米国民の血税は45倍になって戻ってきた

 米国では21世紀に入ってから、SBIR制度で、毎年2,000人を超える無名の科学者(自然科学者が中心)をベンチャー起業家に仕立て上げました。その結果、1983年から2015年までの33年間で、26,782社の技術ベンチャーが生まれています。また、医薬品産業に着目すると、SBIRの運用開始から31年後の2013年の時点で、政府支出(保健福祉省(HSS)が支出したSBIR予算)に対する収益(売上高+M&A額)は45倍に達しました。SBIR制度によって、米国民の血税は45倍になって戻ってきたということです。

(つづく)
【金木 亮憲】

※【死の谷】:狭義では「技術開発が資金調達の問題から実用化に至らない状態」。広義には、基礎研究が応用研究に、または研究・開発の結果が事業化に活かせない、資金調達を含めたさまざまな原因(リソースの不足や法律・制度など)全般をさして言う。

<プロフィール>
yamaguti_pr山口 栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院思修館教授。物理学者(イノベーション理論・物性物理学)
 1955年福岡市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科物理学専
修士修了、理学博士(東京大学)NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘
研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英国ケンブリッジ大学クレ
アホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。
著書に『イノベーションはなぜ途絶えたか‐科学立国日本の危機』(ちくま新書)、『イノベーション政策の科学―SBIRの評価と未来産業の創造』(共著、東京大学出版会)、『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩選書)、『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版)、など多数。

 
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