2024年11月23日( 土 )

米国にベンチャー企業の花を開かせたSBIR制度!(4)

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京都大学大学院思修館教授 山口 栄一 氏

補助金として国費をバラまいているのが実情

 ――米国民の血税を45倍に増やしたSBIR制度には驚きました。ところで、日本でも米国の後を追うように、日本版「SBIR制度」ができたと聞いています。現状はどうなっていますか。

office06min 山口 日本版SBIR制度、すなわち「中小企業技術革新制度」は99年2月から施行されました。しかし、その売上高合計は99年の運用開始以降、累計でわずか1.1億ドルにとどまっています。SBIRに採択され、過去に売り上げを計上している企業はわずか4社で、SBIRに採択された企業のM&A取引は過去に1件もありません。もともとパフォーマンスの低い従来型の中小企業に補助金を落として、国費をバラまいているのが実情に近いと言えます。それには、はっきりとした理由があります。

 日本版SBIR制度は、当初5省庁(通商産業省、郵政省、科学技術庁、厚生労働省、農林水産省。呼称は当時のもの)で開始され、2001年に環境省、05年に国土交通省が参加して現在は7省(経済産業省、総務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、環境省、国土交通省)が参加しています。しかし、結局のところ、日本版SBIR制度である「中小企業技術革新制度」は、米国のSBIR制度とは似て非なるものになりました。それどころか、日本版SBIR制度は、米国のSBIR制度をちょうど反転させたものになっているのです。

未来産業につながる課題の発想能力がない

 日本版SBIR制度である「中小企業技術革新制度」には以下の3つの特徴があります。

 【特徴1】米国のSBIR制度と違って「政府の外部委託研究予算の一定の割合をスモール・ビジネス(従来型の中小企業のことではありません)のために拠出すること」を法律で義務づけていません。その結果、すでにある補助金制度に後から日本版SBIR制度のレッテルを貼ったに過ぎないというのが実態です。

 【特徴2】1つの例外(「新エネルギーベンチャー技術革新事業」)を除き、多段階制度になっていません。補助金の支給候補者は、その条件に「これまでの実績」を問われるため、実績のない大学院生やポスドクのような若き科学者は支給対象者から外されてしまいます。米国のSBIR制度のように、政府調達による未来製品への市場の創出もなく、ベンチャー・キャピタルが紹介されることもありません。結果的に、日本版SBIR制度「中小企業技術革新制度」に採択される対象者はほとんどが既存の中小企業になっています。

 【特徴3】解決すべき具体的課題が与えられていません。米国のSBIR制度とは対照的に、「グリーン・イノベーション(低酸素社会への変革戦略)に資すること」などといった漠然とした枠組みだけが提示されるだけで、目的を絞り込んだ課題が提示されていません。それは、米国のように研究者にも匹敵する知識と経験を有した科学者である「科学行政官」がいないからです。つまりイノベーターを育成する側に、次世代の産業を構想できる「目利き力」が決定的に欠けています。

「知の創造」と「知の具現化」の連鎖による

 ――米国のSBIR制度のできた背景には「大企業はもはやイノベーションは起こせない」という鋭い洞察があったとお聞きしました。そもそもイノベーションとはどのようにして生まれるものでしょうか。

 山口 私は前著『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版)の中で、「イノベーションは『知の創造』と『知の具現化』の連鎖によって生まれる」ことを明らかにしています。 
「知の創造」とは、第一に、「まだ誰も知らないことを知る」ことや「誰も見たことのないものを見る」すなわち「発見」を契機とします。それは、とりもなおさず「科学」に他なりません。第二に、「この世にないものをあらしめる」ことです。これは、「技術研究」と呼ばれているもので「広義の科学」と呼ぶことも可能です。
 「知の具現化」とは、「知の創造によって見出された科学知を統合して、経済的・社会的価値あるものに仕立て上げる知的営み」のことを言います。これは「技術」と呼ばれます。1つ例を挙げて説明します。フェライト磁石の発見が「知の創造」なら、そこから磁気テープ、フロッピーディスク、ハードディスクを開発することが「知の具現化」に当たります。

 では、「知の創造」たる科学は、いかなるプロセスを経て、「知の具現化」、すなわち経済的・社会的な「価値の創造」にまで昇華されるのでしょうか。この原理を解き明かすことによって、私たちは科学と社会の関係性の中で生み出されるイノベーションの本質に迫ることができます。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
yamaguti_pr山口 栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院思修館教授。物理学者(イノベーション理論・物性物理学)
 1955年福岡市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科物理学専
修士修了、理学博士(東京大学)NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘
研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英国ケンブリッジ大学クレ
アホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。
著書に『イノベーションはなぜ途絶えたか‐科学立国日本の危機』(ちくま新書)、『イノベーション政策の科学―SBIRの評価と未来産業の創造』(共著、東京大学出版会)、『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩選書)、『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版)、など多数。

 
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