米国にベンチャー企業の花を開かせたSBIR制度!(5)
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京都大学大学院思修館教授 山口 栄一 氏
既存のパラダイム(自然観や世界観)を破壊
――前回の最後に、「知の創造」から「知の具現化」へ至るプロセス(昇華)のなかで、私たちはイノベーションの本質を理解することができると言われました。それはどういう意味でしょうか。
山口 科学には「昼の科学」(形式知)と「夜の科学」(暗黙知)の2種類があります。地上に現れ、目に見えているのが、「昼の科学」すなわち「知の具現化」、地下の土壌のなかにあり目に見えていないのが「夜の科学」すなわち「知の創造」です。イメージとしては、地下の土壌のなかから木の芽が出て、成長していく様子を描いて頂くと分かりやすいと思います。
「知の創造」という人間の知的営みは、すべて地下の土壌のなかで行われます。知を創造するプロセスは、真の闇のなかをろうそくも持たずに一人で進んでいく探検者の道程です。地図も教科書もない。ただ自分のなかにある暗黙知(まだ言葉にされていない「知」)を頼りに進むしかありません。一方、地上は陽光が差す世界です。創造された知が地上で芽吹いた時、経済的・社会的な価値が生まれます。つまり、新製品や新サービスとなって、世の中に具体的な価値をもたらすのです。
そして、この話で大切なのは、ブレイクスルーに連なるイノベーションは、常に地下の土壌のなかで行われる「夜の科学」(暗黙知)を契機としていることです。
私たちの思考方法は大きく「演繹」(普遍的な前提Sから、必然的に個別的結論AやA’が導かれるという推論方法)と「帰納」(個別的な前提から普遍的な結論を得る推論方法)の2つあると言われています。
しかし、科学にとって、最も本質的な知的営みは第3の推論方法である「創発」です。「帰納」は「創発」と一見すると似ていますが、大きな違いは、「創発」が「知の創造」をもたらしたその結果として、既存のパラダイムを破壊するということです。
性能破壊型イノベーションで満足する日本
ブレイクスルーに連なるイノベーションには大きく分けて、2組の独立した構造が存在します。1つは、クリステンセン(※)が発見した「性能破壊型イノベーション」と「性能持続型イノベーション」で、もう1つは「パラダイム破壊型イノベーション」と「パラダイム持続型イノベーション」です。前者は、地上に見えていて、ロードマップの描ける潜在市場のなかにイノベーションの契機があるという考え方をしています。一方、後者は、既存のパラダイムを破壊し、物理限界を超えたところに、イノベーションの契機があるとするものです。
米国のSBIR採択企業・成功者のほとんどは後者の「パラダイム破壊型イノベーション」企業です。そして、この「パラダイム破壊型イノベーション」では大企業が失敗しベンチャー企業が成功する不可避的なメカニズムを持っています。
一方、今エレクトロニクス業界など多くの日本企業で、科学技術・イノベーションが凋落してしまったのは、ロードマップが容易に描ける「性能破壊型イノベーション」に満足してしまい、地下・土壌のなかに潜ろうとしなくなったことにあると私は考えています。すなわち「研究をしなくても新製品開発はできる」と思い込んでしまったことにあります。
行き詰った時、既存の知をいったん捨てて科学的地平にある根本に下りていくことは、とりわけ経営者にとっては図太いチャレンジ魂を必要とします。
科学する人(person of science)になる
――最後に、読者にメッセージ、エールを頂けますか。先生は新書で、「市民の誰もが科学する社会」を望んでおられます。
山口 現在の日本の教育制度では、高校から文系と理系に分けられ、文系を選択すると物理学など科学を学ぶ必要がなくなる場合があります。しかし、これはとても残念なことです。物理学はたとえば経済学の素であり、哲学はもちろん、多くの社会科学とも密接に関連しています。科学を学ぶことによって、それぞれの理解が深まっていくのです。
また、「科学は細分化されており、社会人になって科学を学ぶのは不可能だ」いう通説があります。これは全くの間違いです。科学を学び直すことは、多くの読者が考えているよりはるかに容易で、とても楽しいものです。私は文京区にある「放送大学東京文京学習センター」で、文部科学省の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)事業の一環として、「科学創生論」の講座を持っています。約100人の定員ですが、毎回定員を大きくオーバーする受講希望があり主婦、リタイアされた方など皆さん楽しく学んでおられます。
福島原発事故では、原子力村の御用学者(原子力工学者は厳密な意味では科学者ではありません)が「原発は安全です」とTV等でひたすら言い続け、暴走の事実が判明した途端、「申し訳ない」という懺悔の大合唱をしました。最終的に「科学者」総懺悔の印象さえ与えました。読者のなかには「科学者は信用できない。平気で嘘をつく怖い存在だ」、「自分たちとは違う世界に住んでいる人間だ」と感じた方もおられると思います。
今日本では科学者と市民の間に断絶があります。市民は科学者を監視の対象にしていますし、科学者は科学者で自分たちの評価には市民は関係ないと考えています。そして、この状態を肯定する識者さえいます。
私は、このような考え方はとても危険だと感じています。科学者と市民との間に「共鳴場」は絶対に必要です。科学者は土壌のなかに潜っているばかりでなく、地上に姿を現し、自分の研究を市民の全てに分かる言葉で語ることが必要です。一方、市民の皆さんは科学を科学者だけに任せてはいけません。文系、理系の垣根を超え「回遊」し、自由に知を「越境」する」『科学する人(person of science)』になって欲しいと思います。
ノーベル物理学賞を受賞した米国のリチャード・フィリップス・ファインマンは、「科学者が自分の仕事を一般の市民に分かるように説明できないのは恥ずかしいことである」と言っています。新年にあたり、職業科学者と市民科学者とが互いの人生目的を理解し、「共鳴の場」を築くことによって科学と社会との関係が新しい次元を獲得することを願ってやみません。
――本日は長時間ありがとうございました。
(了)
【金木 亮憲】※【クリステンセン】(クレイトン・クリステンセン)ハーバード・ビジネス・スクール(HBS) の教授。著作『イノベーションのジレンマ』によって破壊的イノベーションの理論を確立させた。企業におけるイノベーションの研究の第一人者。
<プロフィール>
山口 栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院思修館教授。物理学者(イノベーション理論・物性物理学)
1955年福岡市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科物理学専
修士修了、理学博士(東京大学)NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘
研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英国ケンブリッジ大学クレ
アホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。
著書に『イノベーションはなぜ途絶えたか‐科学立国日本の危機』(ちくま新書)、『イノベーション政策の科学―SBIRの評価と未来産業の創造』(共著、東京大学出版会)、『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩選書)、『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版)、など多数。関連記事
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