2024年11月22日( 金 )

驚くべき勢いで公約を実現するトランプ新政権(中)

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副島国家戦略研究所・中田安彦

 通商政策やエネルギー政策、移民政策に規制緩和など、トランプ政権は矢継ぎ早に大統領令を出していったが、実はこれらのほとんどは、トランプが大統領選終盤で有権者に対して出した「ドナルド・J・トランプのアメリカの有権者に対する契約」に記されている内容だ。この公約には、「ワシントンの腐敗と特殊権益に対する6つの政策」「アメリカの労働者を守る7つの行動」「安全と憲法上の法の支配を復活させる5つの行動」、それに加えて、議会との連携で成立させる法案が約束されている。このなかでまだ実施に着手されていないのは、「労働者保護」の3番目に規定された「財務長官に中国を為替操作国に指定させる」というのと、「200万の不法移民の退去」くらいのもので、実施された公約には「不法移民を保護する都市(サンクチュアリ・シティ)に対する連邦助成の禁止」まで含まれている。当然、今回の入国禁止令もこの公約に含まれているのだ。良い悪いは置くとしても、なんという恐るべき公約実施力だろうか。

america_ny_usa 現在のところ、トランプ政権が打ち出している政策は、国家の主権の範囲で実施できる政策ばかりだ。入国規制にしても、いきなり実行に移したということで批判を浴びたのだが、それでもロイターの世論調査では、支持する声が49%で反対が41%と、思いの外、支持されている。この大統領令に反するようにと異例の要請をした司法長官代行はオバマ政権が任命した人事だったこともあり、解任されてしまった。メディアはこの解任劇を批判的なトーンで報じていたが、考えてみれば官僚が大統領や首相の指示に従えない場合は、辞任するか、解任されるかしかないのである。「三権分立」というのはそういうもので、行政は政策の実行者なのであって、それに異を唱えることができるのは立法府や司法である。この大統領令を批判した、野党の上院の指導者のチャック・シューマーと、下院の指導者のナンシー・ペロシは、街頭デモに繰り出して新政権を批判したり、対抗策として閣僚の承認の審議をボイコットしたりしたが、今のアメリカ議会は上下両院とも共和党が多数派を占めているので、新政権にとってはカエルのツラにしょんべん状態である。ティラーソン国務長官も含めて、結局、すべての閣僚人事も承認されるようである。「ねじれ議会」だとこうは行かない。一部では権威主義的君主の手法とも似ていると言われるトランプ政権に対峙できない民主党やリベラル派はしばらく苦しい時代が続く。

 ただ、メキシコ国境に壁建設を行い、その代金をメキシコ政府に支払わせるというような政策は、外国が関わることなので、今のところメキシコ政府が首脳会談を拒否したことで棚上げ状態になっている。メキシコ政府に対してはメキシコからアメリカへの輸入産品に対して20%の国境税を課すとか、特殊な国境調整を行ってメキシコからアメリカに輸出する企業が不利になるような施策を計画中だが、まだ固まっていない。メキシコと中国と日本は、通商政策の点でトランプが名指しで批判した国だ。トランプ政権の通商政策の基本となるのは、選挙期間中に次期商務長官となる投資ファンド経営者だったウィルバー・ロスと、新設された国家貿易会議(NTC)の長に就任した、エコノミストのピーター・ナヴァロが主導して書いた政策提言である。このなかで、通商政策を通じてどのようにしてアメリカのGDP(国内総生産)を増やしていくかが提案されている。今の議論はすべてこれに基づいているといってよい。メキシコで試したことが中国に対しても実施されるので、5月にも始まるというNAFTAの再交渉には注目しなければならない。

 とりあえず、米中関係は5月末のシンガポールでの各国の防衛当局者が集まる「シャングリラ・ダイアローグ」、米中関係についてはこれまで定例で6月上旬にどちらかの首都で開催されてきた「米中戦略・経済対話」が注目するポイントだ。このころまでには、国務省や国防総省の人事が固まっているはずだ。おそらくその前に米中関係は通商政策によって大きな波乱を迎えているだろう。

 いずれにせよ、新政権が実施に着手した政策は、選挙期間中に約束したとおりのものとなっており、その公約実現力は(繰り返すが、良い悪いを別にして)立派なものだ。一方で、報道官の態度に象徴されるメディアに対する敵対的な態度や、友好的なメディアだけを選んでインターネットテレビ電話のスカイプを通じて記者会見で質問させるといった手法は、政権による情報操作につながる危険もある。ただ、入国規制の問題で、メディアが沸騰した直後に、新政権と共和党にとってもっとも重要な人事といわれた、連邦最高裁判所判事の指名を行って、共和党が大喜びをする経歴の保守派を指名したりして、メディアの報道の視線をこの人事に向けるなど、なかなかあなどれない。

 しかしながら、私の目には「テロ対策」を理由に打ち出された、移民や難民に対する入国規制や、不法移民による不正投票疑惑の調査といった政策は、アメリカがクリントン政権以降のグローバリズムに疲れ切ったことを象徴するもののように見える。本当の目的はテロ対策でも不正投票の調査でもなく、やがて2050年代にも来ると言われる、「アメリカで白人がマイノリティとなる社会」に対する抵抗でないかと思えるのだ。不法移民が実際にテロ事件を起こした事例はない。実際にテロを起こしたのは、アメリカで生まれたイスラム教徒たちで、インターネットを通じて過激化して襲撃事件を起こした「ホームグロウン」のテロリストたちだ。テロ対策というよりも本能的な白人の危機感がトランプの入国規制に49%のアメリカ人が支持を表明する原因ではないかと思うのだ。

(つづく)

<プロフィール>
nakata中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。

 
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