バイオ産業に革命をもたらす「ゲノム編集」(後)
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日韓ビジネスコンサルタント 劉明鎬(在日経歴20年)
「クリスパー(CRISPR)」は2012年頃、欧米の大学や研究機関を中心に開発された技術だ。
この技術の特徴は、まずは精度の高さである。従来の成功確率は100万回に1回というものであったが、クリスパーはそれを数回に1回の確率に引き上げた。従来は農業の品種改良などでは交配などを繰り返し、数十年または100年という長い歳月をかけて実現していた。
ところが、クリスパーというゲノム編集技術を使えば、同じことが数年以内に実現できる。デュポンなどのグローバル企業は、すでにこの技術を活用した品種改良に着手。収穫量の多い米、腐らないトマトなど、さまざまなテーマに挑戦している。
日本でも、漁業の分野で真鯛のサイズを1.5倍にする研究などが進められている。クリスパーのもう1つの特徴は、使いやすさである。従来の技術は偶然に頼るような不自由な技術であった。ところが、クリスパーはバイオの予備知識がある人であれば、指導を受ければ、数週間で使えるようになるほど使いやすいとされる。これは、開発期間の短縮を意味し、当然の結果としてコストの圧縮につながる。
従来の遺伝子組み換え技術は、汎用性もなかった。たとえば従来の技術は、マウスを対象にした技術はマウスにしか使えなかった。これに対してクリスパーは魚、家畜、農作物、それから人間など高度な霊長類まで適用できる。すなわち、あらゆる種類の動物、植物に適用できる汎用性のある技術ということである。
このような特徴を持ったゲノム編集技術だけに、バイオ、医療分野での期待は大きい。遺伝子情報がどんどん解明されることによって、異常のある遺伝子を見つけ出し、そこを改変するか、削除することで病気を治すことができるからだ。すなわち、遺伝子診断および治療である。
まだ、特定遺伝子と病気との関係、特定遺伝子とガンとの関係は、不明なところが多い。それでも、ある遺伝子を削除し、それがどのような影響を与えるかを調べることで、遺伝子の役割などが解明されつつある。ある遺伝子が病気を抑制するのに関わっていた――などのことが判明するだろう。ただし、ガンなどは1つの遺伝子だけでなく、複数の遺伝子と複合的な要因によって発病しているので、そのメカニズムを解明することは簡単ではないという。
それでも、遺伝情報の解明が進めば、薬の開発などに利用されるだろう。ところで、クリスパーには弱点はないだろうか――。
クリスパーにも「オフ・ターゲット効果」という問題がある。これは、狙った場所と違った場所を切断したり、改変してしまったりすることだ。今のクリスパーの成功確率は数十%レベルで、臨床の段階では全然問題ないが、医療でこれを使うことになった場合には、話は違ってくる。間違ったところを改変してしまったことが、どのような結果をもたらすかは予測できないからだ。医療に適用しようとすると、100%に近い成功確率が必要であろう。
クリスパー技術は今でも研究が進められ、技術に磨きがかかっているようだ。クリスパーというゲノム編集技術は、ありとあらゆる分野に活用されることになろう。
ところが、今でもこの技術を人間の受精卵に適用することに対して、科学者の意見は真っ二つに分かれている。人間の受精卵を弄ることになると、人間が生命設計の改変を行うという、まさに“神の領域”に踏み込むことになるからだ。遺伝子を改変して、美貌で、強靭で、知能の優れた子どもを持ちたいという人間の欲望を、どこまで抑えることができるのか。この技術は今後、大きな議論を巻き起こすに違いない。(了)
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