『秘史』では語られなかった住銀・イトマン事件の全容(後)
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有森隆著『住友銀行 暗黒史』
“磯田天皇”の娘可愛さの親バカが、事件の本質か
住銀・イトマン事件の最もディープな部分は、磯田一郎の娘、園子と伊藤寿永光との関係だ。『秘史』では、園子の事件との関わりについて、まったく明らかにしていない。地獄耳の著者が知らないはずはないが、タブーだったのだろう。
元住友銀行頭取の西川善文は『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』(講談社)で、イトマン事件に言及した。住銀の最高首脳が、事件の核心について口にしたのは初めてである。
〈今まで私も含めて誰も住友銀行関係者は語ってこなかったことがある。この機会にあえて申し上げよう。イトマン事件は磯田さんが長女の園子さんをことのほか可愛がったために泥沼化したのだと私は思っている。〉
“磯田天皇”の娘可愛さがすべての出発点だった。こういう見方を『暗黒史』は、事件の本質を歪曲していると書く。
平和相互銀行の合併が、闇の勢力と関わりを持つ出発点
それでは、出発点は何か。悲願の首都圏進出を果すために、住友銀行が平和相互銀行(以下、平相)を合併したときだ。平相買収の立役者が、最後のフィクサーと呼ばれた佐藤茂である。
平相では、創業者の小宮山英蔵の死後、小宮山一族と経営陣の内紛が生じた。経営陣を追い落とすため、小宮山家は所有している平相株を売却した。買ったのが、川崎定徳の社長・佐藤茂である。買収資金は、住銀系の繊維商社・伊藤萬(後のイトマン)の金融子会社イトマンファイナンスが用立てた。佐藤、河村、磯田の連携プレーで、住銀が資金を出した。佐藤が買い取った平相株は住銀にわたり、1986年10月1日、住銀は平相を吸収合併した。
住銀の平相買収事件で、アングラ社会からの攻撃を抑えたキーマンが、稲川会の石井進である。石井は表面に一切出なかったが、石井が佐藤=住銀陣営についたことで勝負がついた。合併反対のウラ社会からの嫌がらせは、完全に押さえ込まれた。住銀による平相合併の陰の立役者は石井進だった。
その謝礼が、平相系列の太平洋クラブが開発中だった岩間カントリークラブの譲渡。佐藤と住銀会長の磯田一郎との間で、石井会長への譲渡が決まったという。岩間カントリーを舞台とする、東京佐川急便による石井側への巨額債務保証事件へと発展していくことになる。
爾来、佐藤茂は住銀に深く食い込み、トラブル処理を担当してきた。住銀・イトマン事件は、住銀の防波堤となった佐藤と、イトマンを喰って住銀に駆け上がろうとしていた伊藤とのフィクサー同士の対決であった。東西の暴力団の代理戦争といわれるゆえんだ。『暗黒史』はこう書く。
〈國重本(注・秘史)には、著者の國重惇史と佐藤茂や佐藤の側近の桑原芳樹・住宅信販社長が会う場面が頻繁に出てくる。捜査が住銀本体に及ぶことを阻止し、山口組の住銀への侵食を食い止めなければならない危急存亡の局面で、体を張ったのが佐藤茂である。國重は、フィクサー佐藤茂の手駒として動いていたのではないか、との疑念を、筆者は拭うことができない。〉
内から見た『秘史』と外から描いた『暗黒史』。一読に値する。
(了)
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