2024年11月06日( 水 )

哲学とは「人生論」のことではありません!(1)

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玉川大学文学部人間学科教授 岡本 裕一朗 氏

 今、私たちは政治・経済・文化のいずれにおいても歴史的に大きな転換点に立っている。
 しかもこの歴史的転換は数十年単位ではなく数世紀単位のできごとである。現代のように従来の常識がすっかり通用しなくなり、新たな発想が求められる社会で私たちは何を羅針盤にして生きていけばよいのだろうか。歴史を眺めてみれば、時代が大きく転換するとき、必ず哲学が活発に展開されている。哲学では日々進行している出来事に対して一歩身を引いた上で「これはそもそもどのような意味なのか?」、「これは最終的に何をもたらすのか?」と広い視野と長いスパンで考えることができる。
 話題の哲学書『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)の著者、玉川大学文学部人間学科の岡本裕一朗教授に聞いた。

もう小手先だけの対応では全く追いつかない

 ――『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は哲学書にもかかわらず大変な人気です。多くの国民がこのような哲学的な考え方を求めていたのではないかと思います。先生が本書を出版された動機からお聞かせいただけますか。

玉川大学文学部人間学科教授 岡本 裕一朗 氏

 岡本裕一朗氏(以下、岡本) 私の著書は今までどちらかと言うと、研究者や大学・大学院生を対象にしたものが多かったと思います。しかし、この本は最初から一般社会人の方を対象にして書きました。おかげさまで、予想をはるかに超える多くの方に読んで頂くことができてうれしく思っています。経済同友会はじめ経済団体、事業構想大学院大学はじめ教育機関や経済誌関連の講演会、セミナー等でお話をさせていただく機会も増えました。このことは多くの方が現在進行中である社会そのものの大きな変化はもう小手先だけの対応では全く追いつかないことに気づきはじめたことによるものと考えています。

私たちは歴史的に大きな転換点に立っている

 本書を書いた動機は、大きく分けて3つのことをお伝えしたかったからです。

 1つ目は日本では哲学と言うと、恐らく「人生とは何か?」とか「いかに生きるべきか?」というような「人生論」をイメージする人が多いのではないかと思います。もちろん、哲学研究の一面には、そういうものが全くないわけではありません。しかし、私たちが学問的に哲学を研究する場合「人生論」を語ることは基本的にはありません。

 2つ目は哲学を学ぶことはソクラテス、プラトン、アリストテレスなど歴史上の偉大な哲学者の学説を研究することと思われている読者も多いと思います。もちろん、偉大な哲学者であるプラトンやソクラテスの学説を深く掘り下げて研究することは大事です。私たちも哲学という学問をスタートする際は、修士課程とか博士課程において、それぞれ自分の選んだ哲学者の学説を深く掘り下げて研究します。しかし、そこはゴールではありません。そこで終わってしまうと「現代社会の中で哲学はどう役に立つのか?」という一番大事な部分がスッポリ抜け落ちてしまうからです。現代の私たちを取り巻く環境(科学技術、平均寿命、親子関係など)はソクラテスの時代とは当然大きく違います。

 3つ目は最も重要です。私たちは政治・経済・文化のいずれにおいても、今歴史的に大きな転換点に立っています。しかもこの歴史的転換は数十年単位ではなく数世紀単位のできごとであるという点です。私たちは、このことを強く自覚した上で、今後どういう方向に進めばいいのかの判断を迫られています。今まさに私たちは哲学を必要としているのです。

哲学は諸科学を横断して考えることができる

 ――哲学とは「偉大な歴史上の哲学者の学説を学び、何か難しい抽象的な言葉を使って人生について語る」という漠然としたイメージを持っていました。

 岡本 結論から申し上げますと哲学とはそういうものではありません。それは、遡ること約2,500年前のソクラテスの時代から一貫して変わっていません。実は日本で、多くの方がそのように考えてしまうのには理由があります。日本には昔から「哲学=歴史上の偉大な哲学者の学説の研究」という伝統があります。哲学に関する研究手法は各国ごとにさまざまです。日本の場合は、歴史上の偉大な哲学者の学説を研究することが盛んだったころのドイツの影響を受けています。またこれまで哲学者たちも学問の世界に閉じこもり、必ずしも一般の方とのコミュニケーションを求めてこなかったことにも原因があります。

 哲学はギリシャ時代には全ての学問の上に立ち、中世においてはさまざまな学問の統合体という存在でした。20世紀になると哲学の中から諸科学(物理学、生命科学、心理学、社会学、経済学、法学など)が独立する動きが起こります。しかし、その後も哲学が果たしてきた役割は変わっていません。それは諸科学を横断して考えることができるのは哲学だけだからです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
 1954年福岡生まれ。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部人間学科教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
 著書として『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンスー物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ボスト分析哲学の新展開』、『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』、『ポストモダンの思想的根拠―9.11と管理社会』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)など多数。

 

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