哲学とは「人生論」のことではありません!(3)
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玉川大学文学部人間学科教授 岡本 裕一朗 氏
グーテンベルク銀河系の没落、書物文明の終焉
――世界の哲学者は現在起こっているできごと「歴史的転換」をどのように捉えているのでしょうか。本書にはさまざまな学説が出ています。ここでは、それぞれの分野で代表的なものをご紹介いただけますか。まず、IT革命とBT革命についてお願い致します。
岡本 20世紀の後半、人類史を決定的に転回させる、2つの技術的変化が起こりました。1つはIT(インフォメーション・テクノロジー)、もう1つはBT(バイオ・テクノロジー)です。始まった当初、この革命がどんな地平を切り拓くのか、よくわかりませんでした。しかし、21世紀になるとその射程が少しずつ見えてきました。
一般的に考えても、技術(テクノロジー)が人間の社会生活に影響を与えるのは当然です。しかし、今日進行中のIT革命(人工知能(AI)も含む)は社会の単なる周辺的な現象ではなく、むしろ中心的な出来事と言えます。ドイツの哲学者ノルベルト・ボルツ(ベルリン工科大学教授)は、現代社会について、近代を導いてきたメディアの終わり、つまり「グーテンベルク銀河系の没落、書物文明の終焉」の時代と呼んでいます。彼は現代を新しいメディア「コンピュータ・テクノロジー、(磁気)記録媒体や巨大通信網など」が登場する時代と考えます。グーテンベルクの活版印刷が近代を画定したとすれば、現代人はまさに「ポスト活版印刷的人間」と規定されるのです。
「人類の終焉につながる」とまで警告している
では、IT革命は私たちをどこに導こうとしているのでしょうか。著名な物理学者のスティーブン・ホーキング博士は、2014年5月の「インディペンデント」紙において、完全な人工知能(AI)が開発されれば、「人類の終焉につながる」とまで警告しています。また、
IT革命はアラブ世界全体へと波及した民主化運動「アラブの春」において、フェイスブックやツィッターを始めとしたSNSを通じて決定的な役割を果たしました。IT革命が民主化を可能にしたわけです。秘密警察による監視など幼稚な子供の遊びに
一方で、カナダの社会学者であるデイヴィッド・ライアンはSNSなどのソーシャルメディアが監視の手段として利用されることの危険性を述べています。警察は市民を取り締まるために反政府デモなどを常々撮影しています。ところが、SNSでは市民自らネットに映像を投稿してくれるので警察にとってこれほど幸いなことはないわけです。昨年日本では「マイナンバー制」が導入されました。その社会的、政治的、文化的な意味については、あまり注目されていません。しかし「IT革命」がどこに向かうかを考えるとき、極めて重要な役割を持っていることが分かります。
スロベニア出身の哲学者スラヴォイ・ジジェクはIT化の向かっていく先に,かつての共産主義・秘密警察による監視などは幼稚な子供の遊びに見えてしまう「監視社会」を見ています。「監視社会」という言葉を小説の世界ではなく、哲学において鮮明に打ち出したのは、フランスの哲学者ミシェル・フーコー(『監獄の誕生―監視と処罰』(1974年))です。
フーコーは刑務所だけでなく近代社会全体を「パノプティコン」(イギリスの功利主義哲学者ジェレミー・ベンサムが考案した監獄)と呼んでいます。近代だけでなく現代もまた「パノプティコン」社会と呼ぶことができます。しかもデジタル化によって、使っている人に「監視されている」と意識させない自動監視社会が出現しています。現実の国家を凌駕する「プラットフォーム」
私たちは今カードで買い物をし、カーナビを使って車で移動し、ICカードで電車に乗り、グーグルでネットサーフィンを行ない、ツイッターで発信し、メールで商談します。このそれぞれの行動は逐一管理されているのですが、おそらく私たちには管理されているという意識はないと思います。このように考えていくと、最近どうしてフェイスブックやグーグルがネット未接続地区に無料で接続できる環境を構築しようとしているのかが理解できます。
フェイスブックは2013年、全世界にインターネット環境をもたらすことを目指す団体「Internet.org」の設立を発表しました。これはインターネットに接続していないおよそ50億の人々にネット環境を提供しようとする試みです。2015年には、通信衛星を使って、アフリカ地区に無料でインターネット接続サービスを提供する計画を発表しています。他方で、グーグルも2013年に気球を利用したインターネット接続環境プロジェクト「Project Loon」を発表して廉価で高速のインターネット接続を世界中に提供しようと考えています。
フェイスブックやグーグルの計画はパソコンではなくスマートフォンによるネット接続を想定しています。これらが単なる慈善事業として構想されていないことはあらためて注意するまでもありません。現実の国家をはるかに凌駕する「プラットフォーム」を構築することによって、その利用者(仮想国民?)たちの「ビッグデータ」を手に入れることが目的です。その影響力(管理する権力)は計り知れないものになるはずです。
(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
1954年福岡生まれ。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部人間学科教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
著書として『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンスー物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ボスト分析哲学の新展開』、『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』、『ポストモダンの思想的根拠―9.11と管理社会』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)など多数。関連記事
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