モバイル送金・決済の大きな可能性(前)
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日韓ビジネスコンサルタント 劉明鎬(在日経歴20年)
いきなり恐縮だが、皆さんは[M-PESA(エムペサ)]を知っているだろうか。知らない方がまだ多いのではなかろうか。実は「M-PESA(エムペサ)」はケニア共和国で提供されているモバイル送金サービスである。 Mはモバイルを指し、ペサはスワヒリ語でお金という意味だ。それでは、なぜケニアでこのようなサービスが大流行するようになったのだろうか。
ケニアでは先進国のように銀行支店が、全国のいたるところにあるわけではない。それに銀行に口座を持っている人も少ない。クレジットカードについては言うに及ばずの状況である。しかし、携帯電話なら皆持っている。中国産の携帯電話はとても安価なので、携帯電話はかなり普及している。アフリカ全体では9億台の携帯電話が普及しているようだ。アフリカのほとんどの国がそうであるかのように、ケニアも有線通信がそれほど普及しないうちに、携帯電話の時代を迎えるようになったのだ。ケニアの人口の大多数は大都会よりも散在した農村地域に住んでいるので、各地域に有線網を敷設することはかなりの予算と時間を要する話であった。しかし、技術の素晴らしい発展は、ケニアの人々に有線電話が完全に普及する前に携帯電話というギフトを与えた。携帯電話を使う方式は現在のわれわれの方式とは少し違う。ある通信会社と契約を結んだ上で、通話した分の料金を後で精算する方式ではなく、利用したい分数だけ先にお金を払って通話時間を確保するプリペイド方式である。ところがケニアで面白い現象が発生した。自分でお金を払って購入した通話の時間を他人に売ったり、通話時間を知人に譲ったり、通話時間で商品を購入したりするようなことが発生した。いわば、貨幣の代わりになったのである。
イギリスの国際開発部から資金援助を受けプロジェクトを推進していた研究機関では、このような現象を報告書にまとめて国際開発部に提出した。研究機関の研究員たちは「これはビジネスとして成り立つ」と思い、モザンビークの通信会社であるMcelに共同事業を行うことを提案する。その結果通信会社は代理店で手数料を取って、通話時間をお金に交換するビジネスを開始する。イギリスの国際開発部はその後研究員をボーダフォンにも紹介する。ボーダフォンは世界的な通信会社でヨーロッパをはじめ、アジア、アフリカで通信事業を展開している。ボーダフォンではこれを開発途上国で展開すればいいビジネスになると思い、自社の支店もあるケニアで試験的にこのサービスを導入することにする。ケニアの最大モバイルキャリアであるサファリコム(Safaricom)はもともと国営会社であったが、ボーダフォンが株の40%を取得し、サファリコムの筆頭株主になる。ボーダフォンはケニアのサファリコムを使ってサービスを展開する。そういう経緯で導入されたエムペサは2007年3月からサービスがスタートし、今は大成功を収めているのだ。利用者数は1700万人を超え、国民の3分2はこのサービスを利用しているとのことだ。GDPの50%以上がエムペサを経由して流通しているようだ。
それではエムペサの成功要因は何だろうか。それは逆説的ではあるが、ケニアの金融の後進性である。他の後進国も事情は似たり寄ったりであるが、小額融資の需要は多くても、銀行のハードルが高すぎる。お金が急に必要になった時にはケニアでは親戚から借りるか、高利貸しから借りるしかなかった。小額を貸し出す金融機関がまったくないわけではないが、大都会にあるので、地方の人にとっては高嶺の花であった。仮に何とかお金を借りることに成功したとしても、利子と元金を返すことは大変だった。それに支店数も少なく、交通もそれほど発達していないので、支店まで行くこと自体がひと苦労だった。ところが、技術の発達でモバイル送金サービスが登場したわけだ。
(つづく)
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