2024年11月24日( 日 )

人間は恐れながらも、自分を超える存在を望んでいる!(1)

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早稲田大学 文化構想学部 教授 高橋 透 氏

 本田技研工業が二足歩行ロボット「アシモ」の開発途中で「人間型ロボットを作ることの是非」について、ローマ教皇庁に意見を求めたという話がある。あれからわずか20年で、私たち人類はさらに大きな決断を迫られようとしている。グーグルのエンジニア、レイ・カーツワイルが提起した「シンギュラリティ」という問題である。「シンギュラリティ」とは「技術的特異点」とも言い、2045年にはAI(人工知能)の能力が全人類の知能を超えることを指す。このことはAIだけに留まらず、SFやマンガ・アニメの世界でしか私たちが見ることができなかった「サイボーグ」(生命体と自動制御技術の融合)が現実世界に登場することを意味する。

 話題の近刊『文系人間のための「AI」論』(小学館新書)の著者である、早稲田大学文化構想学部教授の高橋透氏。哲学者である高橋先生は将来「ハイパー(超)AI」が登場し、人間の能力を凌ぐ特異点が訪れると、人間の脳はコンピュータと融合して“サイボーグ化”すると語る。

AIやサイボーグが現実となる未来には哲学が必要

 ――『文系人間のための「AI」論』には、多くのセンセーショナルな事実、そして未来が載っています。先生が本書を著された動機は、どういったものですか。

早稲田大学 文化構想学部 高橋 透 教授

 高橋 「シンギュラリティ」がいつ来るのかについては予想できません。カーツワイルの言うように、2045年かもしれないですし、もう少し早いか、遅いのかもしれません。しかし、いずれにしてもこの先、遠くない未来に、人間は今までとは大きく変容せざるを得ないことは、容易に想像できます。
 しかも、この変容には多大なリスクがともなう可能性があります。すなわち、AIやサイボーグが現実となる近未来には、今まで以上に「人間とは何か」という哲学が必要になります。今こそ、そのことを読者の皆さんと考えるべきときだと思ったからです。

 ――先生は大学で「テクノロジーの哲学」という、学生に大人気の講座をお持ちです。一般的には、テクノロジーと哲学とは結びつきません。どのような経緯でこのような講座が生まれたのでしょうか。

 高橋 講座は、今や急速に進むテクノロジーの最先端にあるAIと、その先にあるサイボーグについて哲学的に考えることを目的としています。その経緯を少し遡ってお話します。

 私は、今年で早稲田大学に奉職して約20年になります。大学・大学院時代の専攻はドイツ文学で、フリードリヒ・ニーチェを研究していました。その後、ポスト構造主義(1960代年後半から70年代後半頃までにフランスで誕生した思想運動)のミシェル・フーコー、ジャック・デリダなど、しばらくはヨーロッパの純粋哲学を研究していました。
 ジャック・デリダの思想命題に「他者論」というのがあります。文化レベルでいえば、異文化など、自分と違うものをどうやって理解していけばいいのかという問題設定です。では、人間にとって究極の他者とは何でしょうか。それは2つあり、1つは「動物」で、もう1つは「機械」です。

 コンピュータやインターネットが普及する時代になって、私たちは近い将来、ますます機械に囲まれて生活していくことになります。私は人間にとって究極の他者である機械と関わっていく問題設定も、哲学的に必要ではないかと考えるようになりました。この考えを強力に推進する契機は、2003年に訪れました。東京でイギリス・レディング大学のケヴィン・ウォリックによる自身のサイボーク化実験を観たのです。
 彼は、腕の神経とコンピュータを接続する実験を行いました。そのとき、私はこれがデジタル人間の未来像に違いないと確信し、すぐに彼の著書『I CYBORG(私はサイボーグ)』を取り寄せて読んでみました。すると、そこにはサイボークだけでなく、「これから、コンピュータ・AIはどんどん利口になっていき、人間は追いつかなくなる」と書いてありました。
 しかし、当時は「ディープ・ラーニング(深層学習)」(第3次AIブーム)登場前で、いわゆる「第2次AIブーム」が去った後の冬の時代でした。そこで、AIについては懐疑的であったので、私の研究はサイボークから始まりました。
 その後、サイボーグと哲学に関する本を2冊書きました。サイボーグ研究は、SFやマンガ・アニメでしか見ることができなかったBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)――すなわち脳とコンピュータを接続するための基盤技術の開発など、どんどん進んでいきました。

 AI研究については、2014年にグーグルのAIがディープ・ラーニングを用いて、You Tubeの動画のなかから選択された画像(静止画)から、ネコの画像を読み取ることに成功した、「第3次AIブーム」が契機になりました。この辺りから、AIを本格的に研究することになりました。すなわち、この時点で、ケヴィン・ウォリックの『I CYBORG(私はサイボーグ)』を読んだときに感じた未来のテクノロジーであるAIとサイボーグが、自分のなかでより具体的になったのです。同年には、英オックスフォード大学でAIなどの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授が「人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる」という衝撃的な予測をしてメディアを騒がせたことは、読者の記憶にも新しいことと思います。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
高橋 透(たかはし・とおる)
1963年、東京都生まれ。早稲田大学文化構想学部教授。博士(科学社会学・科学技術史)
ニーチェ、デリダなどの現代西洋哲学研究を経て、サイボーグ技術、ロボット工学といった先端テクノロジーと人間存在との関わりをめぐる哲学研究に取り組む。「テクノロジーの哲学」は学生に大人気の講座である。著書に『サイボーグ・エシックス』『サイボーグ・フィロソフィー』、訳書に『サイボーグ・ダイアローグズ』(ダナ・ハラウェイ著)など多数。

 
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