2024年11月24日( 日 )

人間は恐れながらも、自分を超える存在を望んでいる!(4)

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早稲田大学 文化構想学部 教授 高橋 透 氏

人間とAIの共存や協業、協働が重要

 ――今巷では、「シンギュラリティ」()が来るかどうかが議論されています。しかし先生は、すでに私たちは「プレ・シンギュラリティ」の状態にあると言われます。どういうことでしょうか。

 高橋 それは、一部(チェス、碁、将棋などのゲーム)とはいえ、AIが人間の能力を超えてしまったからです。第3次AIブームが始まってからわずか2~3年で、今AIは静止画でなく動画で、しかも人間の正面ではなく後面を見るだけで(後頭部だけを見て)人物の識別ができるようになっています。この視力の精度は、どんな優秀な警備員より優っているとさえ言われています。

 しかし、この段階では、人間そのものがAIによって超出されるわけではありません。AIは依然として欠けている面を持ち、AIの優位は部分的なものに留まっています。従って、人間とAIの共存や協業、協働といったものが重要になります。
 しかし、人間が機械に学ぶ――そんな未来がもう目前に迫っていることはたしかです。この状態を、「プレ・シンギュラリティ」と呼んでいます。

 もちろん、現段階でさまざまなAI技術(視覚、聴覚など)が部分的に、人間の能力を超えているからといって、単に寄せ集めただけではいわゆる「ハイパー(超)AI」=「汎用人工知能」(AGI)にはなりません。現在開発されているAIは、たとえば囲碁なら囲碁、将棋なら将棋、自動運転なら自動運転車というように、専門のタスクに特化したAIが中心であり、これとAGIは根本的に違うと言われています。

 人間の脳は、脳1つで視覚、聴覚、言語等の機能を引き受けることができます。AGIに到達すれば、人間並みの能力を持つことになり、その時点で、私たちは名実ともに、シンギュラリティに突入すると言えるかも知れません。

環境に適合して生きる脳の戦略「可塑性」

 ――私たち人間の脳には「可塑性」という性質があって、AIテクノロジーの開発を止めることはできないと先生は言われます。

 高橋 脳の可塑性とは「発達段階の神経系が環境に応じて最適の処理システムを作り上げるために、よく使われるニューロンの回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという現象」のことです。すなわち、私たちの脳は柔軟にできていて、状況や環境の変化に素早く対応し、そのもの自身の構造を変化させてしまう能力を持っています。それは、私たちが環境に適合して生きていくための「脳の戦略」とも言えます。

 哲学的に考えるならば、可塑性とは現在の自分の在り方を常に変更していくことであり、自分自身のありかたを絶えず繰り返し超えていくことを意味します。つまり、絶えざる「自己超出」の繰り返しということです。これが、人間が行使してきた生き続ける欲望の姿であり、自己超出とは脳の可塑性の哲学的表現にほかなりません。

 平たく言えば、人間は困難があればそれに立ち向かい、それを乗り越えてきました。可塑性を持つ人間は、自然状態において、こうした自己超出の欲望が備わっています。

 自然状態における自己超出、つまり自分自身を超え変化すると言うことには、2つのステップがあります。
 第1のステップは、今の自分と異なった自分を超えた新たな、これからなるべき存在を設定することです。第2のステップは、そうした自分を超えて設定された存在に同化することです。このようにして、昔の自分と異なった、新しい自分になる。これが自己超出のロジックなのです。

 つまり、第1ステップとして、人間は現在の自己を超出する存在を設定せざるを得なくなります。自己を超出する存在とは、究極的には「ハイパー(超)AI」=「汎用人工知能」(AGI)になります。そして、第2ステップとして、人間は自分が設定した存在、すなわちハイパーAIと同化するのです。
 人間は、実際のところは、「自分を超える存在を恐れながらも望んでいる」のです。これは人間の性(さが)なのです。

 今申し上げましたことを前提に考えるのであれば、すなわち、人間が人間を凌駕する存在を欲望して止まないのであれば、人間自身はそうした欲望にどのように向き合うべきか、が私たちの最大のテーマとなるはずです。そして、哲学がなければ、このテーマには取り組むことができません。
 現在の第3次AIブームが一過性のものに終わるか否か、あるいは、いつ人間が超出するのか、といった問いとは、別次元の問題とも言えます。

(つづく)
【金木 亮憲】

※シンギュラリティ:技術的特異点。2045年にはAIの能力が全人類の知能を超えるというもの

<プロフィール>
高橋 透(たかはし・とおる)
1963年、東京都生まれ。早稲田大学文化構想学部教授。博士(科学社会学・科学技術史)
ニーチェ、デリダなどの現代西洋哲学研究を経て、サイボーグ技術、ロボット工学といった先端テクノロジーと人間存在との関わりをめぐる哲学研究に取り組む。「テクノロジーの哲学」は学生に大人気の講座である。著書に『サイボーグ・エシックス』『サイボーグ・フィロソフィー』、訳書に『サイボーグ・ダイアローグズ』(ダナ・ハラウェイ著)など多数。

 
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