「北朝鮮の穴」に吸い込まれつつある韓国の2つのナショナリズム(後)
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北朝鮮がICBM(大陸間弾道弾)の開発に成功した。核実験にも成功しており、金正恩(キム・ジョンウン)の独裁国家が戦略兵器を両手に保有したことになる。ICBM発射は、米国の独立記念日に照準を合わせた「対米威圧」だったが、その後に開かれたG20会議でも、米中ソ日韓の周辺5カ国の足並みは乱れが目立ち、ものごとが北朝鮮ペースで進んでいることを浮き彫りにした。ポイントは、北朝鮮はいかなる事態になろうと、核開発は放棄しないし、北朝鮮は自滅しないということだ。中国とソ連が、間接的に支えているからだ。日本の敗戦後、朝鮮半島には2つの国家が生まれた。それは今、「核保有国」と「反日国家」になった。日本人は眼前にかかる霧を取り除き、腹を据えて「2つのコリア」に対処する必要がある。
周辺国の「対話と圧力」は手詰まり
「北朝鮮との対話」は、現状の深刻さを糊塗するだけだと認識した方がいい。
最近の北朝鮮は「東方の核強国」という自信を得たせいか、極めて正直に彼らの傲慢さを露呈している。南北対話再開を連日のように強調している韓国政府に対し、北朝鮮は7月4日、「(南北)対話を望むのならば、相手が誰なのかをしっかり認識すべき」として、「我々の自衛抑制力(核兵器)が『正義の宝剣』であり、それを絶対に手放さないということぐらいは知っておくべき」と主張した。核の放棄を目標とした対話には応じる意思がない、と明確に示したわけだ。北朝鮮の張雄・国際オリンピック(IOC)委員も同日、文在寅大統領が平昌冬季五輪での南北統一チーム結成を提案したことについて「片方の耳で聞いて、もう片方の耳から流れ出ていった」と、韓国の提案をコケにした。
この72年間、一貫して「金王朝維持」に全力を挙げて来た北朝鮮は、韓国の自称「第3次民主化政権」よりも、外交言辞的にも軍事技術的にも上位にある。北朝鮮の労働新聞は、自らの国を「東方の核強国」「アジアのロケット盟主国」と呼び、韓国政府に対し「自前のものなど何も持たない傀儡(かいらい)らが、『軍事的対応』などと大騒ぎしているのはあまりにばかげている」と威嚇した。さらに「南朝鮮(韓国)の現執権勢力は、過去のどの政権よりも対話について騒ぎ立てているが、一方では米国など外の勢力と結託し、共和国(北朝鮮)に反対する制裁と軍事的圧迫騒動に狂っている」として、「対話なのか対決なのかはっきりせよ」と恫喝をかけた。いずれにしろ、「南北対話」も北朝鮮主導なのである。
右手にICBMと核爆弾を持ち、左手で機関銃による処刑を断行してきたのが、金王朝の三代目政権だ。これに対して「平和国家」日本は、徒手空拳である。せめて、北に対する正確な認識を持つべきだが、朝鮮半島北部にある「地球の穴」の実態は、隣国からの水平観察ではなかなか見えない。ただ1人、正確な観察者がいたとすれば、それは上空からの偵察衛星だ。
北朝鮮という円錐形を横から見ながら、多くのメディアと専門家と周辺国は「三角形(対話可能)だ」と言ってきた。だが、上空にいる偵察衛星が示した証拠物件は、暴虐の核開発と無慈悲な人民弾圧の実態だった。「黒黒とした円形の突起物がある」と言ってきた。
肥大化する韓民族ナショナリズム
日本国内には、意識的に北朝鮮の実態に言及しない「知識人」がいる。
最近、徐勝(ソ・スン)氏の著書「東アジア平和紀行」(2011)を読んだ。徐勝氏は、韓国で逮捕され、釈放後に立命館大学教授などを務めていた。彼の台湾、沖縄人脈が具体的に分かり、それなりに楽しめた。本の冒頭は、祖父母の渡日から、本人が立命館大教授になって「活躍」するまでの回顧談である。Wikipediaに「工作船で北朝鮮に行ったと裁判で自白した」と書いてあることに、彼は言及していない。これほど見え透いたことをしている人も珍しいのだが、今でも誤信している日本人が少なくないのは、笑止千万と言うしかない。もう1冊の本も読んだ。丁一権(チョン・イルグォン)氏(元首相)の朝鮮戦争記録「原爆か休戦か」(1989)である。丁一権氏は、日本の陸軍士官学校などを卒業した軍人である。同書の序章が「ソウルが燃えている」だ。北朝鮮が南侵した朝、彼は福岡・板付空港にいた。李承晩(イ・スンマン)大統領は、秘苑で鯉釣りをしていた。ドキュメント風に書かれた戦記は、衝撃的である。所載の写真は、北朝鮮軍による虐殺など、最近の韓国メディアでは、お目にかからないものが多い。
本稿で私は、今の韓国には2つのナショナリズムがあると指摘した。「大韓民国」ナショナリズムと「韓民族」ナショナリズムだ。後者が肥大化し、それは「北朝鮮の穴」に吸い込まれつつあるのが現実だ。そういう観点から見たとき、朝鮮戦争の史実は新たな相貌を見せ始める。温故知新。激動の時代には、過去を知ることが大事だ。
(了)
本稿著者の下川正晴氏の著書『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』が上梓されました。日本人にとって最大かつ最後の民族的グローバル体験だった敗戦後の「引揚げ」。そしてその狭間で忘れられようとした女性たちが医療の助けを仰いだ二日市保養所の埋もれた歴史を、下川氏が掘り起こします。
▼関連リンク
・忘れられた「二日市保養所」の真実 下川正晴著『忘却の引揚げ史』7月下旬刊行<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)を歴任。国民大学、檀国大学(ソウル)特別研究員。日本記者クラブ会員。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp関連記事
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