2024年11月23日( 土 )

サウジアラビアの脱石油経済改革「ビジョン2030」と日本(後編)

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」から、一部を抜粋して紹介する。今回は、8月11日付の記事を紹介する。


 イスラム教の教えの下、アルコールやギャンブルは厳しく制限されているお国柄であるため、サウジアラビアの中流階級の国民にとって最も人気の高い娯楽は、外食であった。しかし、このところ外食には出かけるものの、注文する量を減らしたり、出費を安く抑えようとしたりする動きが顕著になってきたという。インフレが加速し、昨年の倍となる4%になったことも国民の間で不安感を高める要因になっているようだ。

 まさに国家存亡の危機的状況に陥った感のあるサウジアラビアである。この状況を突破しようと新皇太子ムハンマド・ビン・サルマン氏が経済改革ののろしを上げた。「サウジ・ビジョン2030」と題する経済改革の青写真を発表し、2030年までに、脱石油の国家づくりを目指すというのである。

 その目標を達成するため、31歳の若き副皇太子(当時)は中国と日本に協力を要請することにした。16年8月末から9月頭にかけ、日本を訪れ、安倍総理との間で自国の経済改革に対する取り組みを説明し、日本からの技術移転や投資を要請した。同じことを、この皇太子は中国の杭州で開かれたG20の場でも、各国の首脳に対して要請して回った。

 このサルマン現皇太子は、サウジアラビアの国防大臣と経済担当大臣を兼務している。将来の国王の最有力候補でもある。彼の目標とする30年までに、脱石油の国づくりを成功させるためには、女性の活用を含め、徹底的な人材育成が欠かせないと思われる。これまでは、石油のお陰で多くの若者たちは、それほど熱心に働く必要もないまま、教育費も医療費も住宅費も無料という夢のような生活を享受してきた。しかし、すべてをゼロからやり直す必要に迫られたわけである。いまだに女性には車の運転が認められていないサウジ。サルマン皇太子曰く「女性の命を守るため、女性には車の運転を認めない」。

 今後15年間で新たに600万人の若者が就業年齢に達する。彼らに就職口を準備しなければならないサウジとすれば、30年までにGDPを倍増し、新規雇用者数を600万人にするという経済改革に挑戦せねばならないというわけだ。その目標を達成するため、今後5年間で720億ドルの政府資金を投入する計画が練られている。サルマン皇太子の手腕が期待されているが、その前途は容易ではないだろう。

 世界的にグリーン・エネルギー革命が進行している。温室効果ガスを減らすためにも、異常気象を回避する上でも、石油依存から再生可能エネルギーへの移行を強力に図らねばという世界的なコンセンサスが得られるようになった。そのため、マイクロソフトをはじめ、IT業界や自動車産業においても、脱石油の動きが加速する一方である。ますますサウジアラビアのような石油依存の体質では生き残っていけない時代に差し掛かっているわけだ。

 そこで皇太子は、世界最大の石油会社、アラムコの株を上場させることで、国内経済の方向転換に必要な資金を確保しようとの構想を温めているわけだ。アラムコを東京市場で株式上場し、その上場益で新たな投資ファンドを立ち上げ、その資金で人材育成やITと医療を組み合わせた新たな産業をサウジアラビアに根付かせようという構想である。アラムコの上場は、当初の予定より遅れ、18年内を想定しているとのこと。

 しかし、東京市場での上場が実現するか、中国の上海市場での上場が実現するか、どちらが実現するのかは予断を許さない状況が続いている。なぜなら、中国と日本を訪問した皇太子は、その後、ニューヨークで開催された国連総会にも顔を出し、日本政府に対して協力の要請を重ねて行ったのであるが、安倍総理の同行筋からは期待したような返事が得られなかったという。そのため、皇太子は日本に対する不信感を強めたようだ。実は、トランプ大統領もイギリスのメイ首相もムハンマド皇太子と接触し、ニューヨークやロンドンでの上場を提案しているのである。

 このままでは、東京での上場は蜃気楼で終わりそうだ。実は、中国の動きが最も加熱している。中国は石油の輸入超大国。近年の原油価格の下落を背景に石油の戦略備蓄を徹底的に進め、今では世界最大の石油備蓄国になっているようだ。中国各地に2,100カ所を越える戦略、商業石油備蓄基地を構築している。

 近い将来、石油価格が上昇に転じた場合には、こうした安値で仕入れた原油を高値で売りさばくという芸当を中国は考えているに違いない。そうした意味でも、中国はサウジアラビアとの関係強化に日本以上に積極的に取り組んでいるわけだ。

 いずれにせよ、サウジアラビアが30年までに経済改革をどこまで成し遂げることができるかどうかは、世界経済にとっても大きな影響を及ぼすに違いない。30年までにサウジアラビアは、イスラム文化圏の最大の保護者として国内に世界最大のイスラム博物館を建設する計画を準備中だ。何しろ、イスラム人口は全世界で40億人に達する勢いで増えている。中国とインドを足しても及ばない人口だ。

 この巨大なイスラム人口を味方につけない手はない。メッカとメジナという2大聖地を国内に有するサウジアラビアは、宗教を武器にした新たな国づくりにも狙いを定めているようだ。観光資源としての開発の余地は巡礼地に限らず、紅海周辺にも眠っている。ディズニーランドのアラビア版を建設する計画も進行中といわれる。また、中東とアジア、ヨーロッパ、アフリカを結ぶ戦略的な要衝の地を占めているため、サウジアラビアは交通や物流の中心地としてインフラ整備にも取り組む考えである。そこに中国は「一対一路」経済圏構想をぶつけているわけだ。

 サウジアラビアとすれば、脱石油の未来図の中に省エネや再エネといった視点も織り込んでいる。もちろん、石油以外の天然資源も北部を中心に豊かである。リン酸鉱物や亜鉛、ボーキサイト、金や高品位のシリカも確認されている。こうした資源開発に成功すれば、サウジの未来図は明るいものとなるだろう。

 このような具体的な未来ビジョンを実現する上で、日本も中国も独自の経済戦略に則り、様々な形でビジネスチャンスに結びつけようと動いている。ところが、せっかく副皇太子(当時)が安倍総理との間で、経済技術交流に関する基本合意に達したにもかかわらず、その後のフォローでつまづいてしまっているのは、実に残念と言わざるを得ない。

 16年10月には、サウジアラビアの首都リヤドで、初の日本サウジ経済協力会議が開催された。日本側は何とか態勢の立て直しを図り、サウジアラビアの期待に応えるべく、積極的な提案を試みたようだが、肝心のサウジ側の反応はいまひとつであった。何しろ、日本の提案は、これから1年をかけて計画を詰めたいというもの。いくら何でも時間をかけ過ぎであろう。サウジ側は日本の本気度を疑っている。これでは中国やアメリカの後塵を拝すだけで終わりそうだ。もっとスピード感のある対応を心掛けるべきであり、日本とアラブ世界のビッグプロジェクトを砂漠の蜃気楼で終わらせてはならない。

※続きは8月11日のメルマガ版「世界最新トレンドとビジネスチャンス」第75回「 サウジアラビアの脱石油経済改革「ビジョン2030」と日本(後編)」で。


著者:浜田和幸
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