2024年11月24日( 日 )

大反復する歴史、その「尺度」を探る!(6・終)

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東京大学大学院 情報学環 吉見 俊哉 教授

21世紀は、16世紀そして17世紀の反復である

 ――前回までに、歴史の尺度としての「25年」「150年」について教えていただきました。「500年」という尺度についてはいかがですか。

 吉見 25年と言う歴史の尺度は比較的近くを見るためのメガネであるのに対し、500年というのは、ずっと遠くを見るためのメガネです。ちなみに、その中間を見るためのメガネが150年ということになります。

 16世紀と21世紀という500年も離れた2つの世紀には、意外なほど多くの類似点があります。類似の要点は、両世紀がともに「グローバリゼーション」と「情報爆発」という2つの大きな歴史的変化が生じた時代であるという点です。

東京大学大学院 情報学環 吉見 俊哉 教授

 16世紀のグローバリゼーションは、「大航海時代」のかたちをとります。コロンブスのアメリカ大陸発見、バスコダ・ガマのインド航路発見に続いて、マゼランが世界1周したのが1519‐22年です。
 大航海時代は、その後の人類の歴史に革命的な変化をもたらしていきました。新大陸がヨーロッパによっては発見され、ヨーロッパ世界が拡大し、「銀」という世界通貨で地球社会全体をつなぐ世界経済システムが誕生したという意味で、間違いなく16世紀は今日のグローバリゼーションに至る最初のステップでした。
 日本に目を転じても、16世紀の信長、秀吉の時代には、商業や貿易が活発化し、海外への進出・拡大(朝鮮出兵など)政策がとられています。

 もう1つの歴史的変化である「情報爆発」について言えば、21世紀のインターネット革命の原点は、グーテンベルクの発明を端緒とした印刷革命に遡ります。
 16世紀は、知識や情報へのアクセシビリティが、活版印刷の普及で劇的に変化した時代でした。それまで写字生(写字を職とする人)が数十、せいぜい数百の単位で書き写していた知識を、活版印刷は何千何万という大量複製していったのです。こうして、爆発的に増殖した知が16世紀のヨーロッパに流通していくことで、16世紀の人々は、21世紀の情報爆発の先駆を成す時代を生きたのです。

 しかしその後、17世紀のどこかの時点で、16世紀の「拡張」の時代から「収縮」の時代へと世界は反転していくことになります。日本の場合、17世紀の家康、家光の時代には、国内を固める閉じた政策に転換していきました。つまり21世紀は、16世紀と17世紀の両方の反復であるのです。そう考えると、世界を見渡してみれば、この二重性のなかで、米国のトランプ大統領の出現やヨーロッパのポピュリズムの台頭などは予言可能であったとも言えます。ここでも、歴史は螺旋を描きながら大反復しているのです。

日本は大きな危機に遭遇することになる

 ――歴史の尺度の最小単位25年を念頭に置きながら、2020年以降に関しても言及していただけますか。

 吉見 誤解を避けるために申し上げますが、私は本日のお話で、歴史が機械論的に25年の周期で回転する歯車を装填していると申し上げているわけではありません。近代家族と資本主義社会が社会の根幹をなす限りにおいて、その自由な活動の結果、25年ぐらいの歴史の「尺度」で分節化すると、過去から未来への流れの見通しが良くなる歴史の反復的なリズムが存在することを主張しているのです。
 この反復を前提としつつ、私たちの2020年以降の未来について考えてみましょう。25年という尺度を駆使し、歴史を構造的に捉えることができれば、世界がこれからたどる道筋が自ずから見えてきます。

 まず、2020年から2045年までの約25年間を考えましょう。さまざまな矛盾が激化し、構造改革の努力が必要となる、日本社会の変革のときと言えます。コンドラチェフの長期波動理論に従えば、1995‐2020年は拡張期(グローバルな電子情報ネットワークが金融と徹底的に結びついていったという意味で、500年前の新大陸発見にも類することができる「始まりの年」)でありましたが、2020‐2045年は収縮期に当たります。
 少子高齢化が促進、莫大な国家債務が拡大、地方衰退、格差拡大も続き、今より遥かに大きな危機に遭遇することから逃れられなくなります。また、急激にか、それとも穏やかに進行するのかは議論があるところですが、2040年には18歳人口が現在の120万人から90万人に減少することは、ほぼ確実に予測できます。

社会構造が変わる、イノベーションが起こる

 しかし、歴史を振り返ってみれば、社会の価値の軸、つまりパラダイムが大きく変わる、そうしてイノベーションが起こるのは、どの国でもクライシス(危機)に直面した収縮期です。拡張期には、みんなが自分たちの社会は順調に動いていると信じているので、誰も現状を抜本的に変えようなどとは思いません。

 戦後、日本は25年間の長期復興と経済成長の後、幸か不幸か、奇跡的にオイルショックを乗り越え、バブル経済を経験したため、50年間の良き時代が続き、70年代以降も、先進国のなかで唯一、抜本的な構造改革ができていませんでした。そのため、社会の構造がグローバリゼーションに大きく変わった時点で、付いていけなくなって構造不況になり、現在に至っています。
 ある意味、2020‐2045年の前半が構造改革の最後のチャンス、言い換えれば、日本社会の未来を明るくする最後のチャンスということです。もし、2020年代に構造改革ができれば、その果実は25年後の2045年に刈り取ることが可能です。

 2045年以降(2045‐2070年、2070-2095年)の日本社会がどうなるかは、私たちがこれから挑戦する2020‐2045年の構造改革如何にかかっています。
 2020年代以降、政治・経済を中心に多くの分野で、現在中枢にいる人々から次の世代への世代交代がかなりはっきり起こります。これは幕末維新のときに、1830年代生まれの若者たちが危機に直面して共通の世代意識を形成し、脱藩志士のネットワークから新しいヴィジョンを打ち出し、日本国家の新しいデザインを描いていったのと、やや似てくるかもしれません。

 本日のお話が、読者の皆さんのお役に少しでも立てれば嬉しく思います。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)
 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。同大学副学長、大学総合研究センター長等を歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割を果たす。2017年9月から米国ハーバード大学客員教授。著書には『都市のドラマトゥルギー』『博覧会の政治学』『親米と反米』『ポスト戦後社会』『夢の原子力』『「文系学部廃止」の衝撃』など多数。

 
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