日本はどこに向かうのか 対米従属・安倍政権を打破するには(前)
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政治経済学者 植草 一秀 氏
民意を反映しない政治
2017年10月22日に衆院総選挙が挙行された。森友・加計疑惑で窮地に追い込まれた安倍政権だったが、6月には共謀罪制定を強行し、国会を一方的に閉会してしまった。野党は臨時国会召集を要求し、安倍政権は日本国憲法第53条の規定に基づき、国会を召集する責務を負ったが、9月末までその責務を果たさなかった。3カ月の時間を経て安倍政権はようやく臨時国会を召集したが、その冒頭で衆議院を解散し、一切の審議を放擲したのである。
主権者国民の批判に晒された安倍政権は、当然のこととして退場するものと思われたが、選挙で安倍政権与党の自公は3分の2議席を確保し、政権は存続することになった。
安倍政権与党は参院でも3分の2議席を占有し、世にいう「安倍一強」の状況が維持されている。選挙での獲得議席数だけを見れば、安倍政権が主権者国民から盤石の支持を得ていると勘違いしてしまいかねない。ところが、選挙結果を詳細に吟味すると、安倍政権の支持基盤が極めて脆弱であることがわかる。
民意と現実政治、すなわち国会における議席配分に極めて大きな乖離がある。民意と議席配分に存在する巨大な「ねじれ」の解消こそ、日本政治の第一の課題であるといえる。
今回の衆議院総選挙における比例代表選挙の結果を見ると、主権者のなかで自民党に投票した者は17.9%、自公に投票した者は24.5%だった。主権者の6人に1人しか自民党には投票していない。自公には主権者の4人に1人しか投票していない。だが、自民党が議席総数の61.1%を、自公では67.3%を占有した。
他方、立憲民主、希望、共産、社民の野党4党に投票した主権者は、全体の25.2%だった。こちらも主権者全体の4人に1人の比率だが、自公に投票した者よりは多かった。しかし、この野党4党が獲得した議席は、議席総数の25.6%にとどまった。
より多くの主権者が投票した野党4党が全体の25%しか議席を獲得できなかった一方で、少ない得票の自公が議席全体の67%を占有した。この民意の分布と議席配分の分布の巨大な「ねじれ」こそ、日本政治最大の問題点である。
総選挙における投票状況は2014年12月の総選挙と、ほぼ同一だった。安倍政権与党に投票した主権者と反対勢力に投票した主権者の数は接近しており、反対勢力への投票者がやや多いが、安倍政権与党勢力が全議席の3分の2を占有している。この「ねじれ」状況が続いている。
その理由は明白だ。小選挙区制度では当選者が1人しか出ない。自公勢力が候補者を1人に絞るなかで、反対勢力が候補者を複数擁立すると、与党勢力が漁夫の利を得る。自公対峙勢力が候補者を一本化できなかった、あるいはしなかったことが、議席数における安倍一強体制を生み出す主因になってきた。
小選挙区制度の最大の特性は政権交代を実現しやすい点にある。政権が国民の支持を失うと、次の選挙で国民が別の政権を選択する。主権者の選択で政権が簡単に交代すること。これが小選挙区制度のメリットである。しかし、このメリットが生かされない状況が持続してしまっている。この点を打破することが喫緊の課題だ。
12年12月に第2次安倍政権が発足してから5年の時間が経過した。13年7月の参院選で衆参のねじれが消滅して以来、安倍政権は傍若無人と呼ぶべき国会運営を実行してきた。特定秘密保護法、戦争法制、共謀罪の制定などを強行してきた。日本が集団的自衛権を行使できるとの憲法解釈変更まで断行した。
議会審議は形骸化し、十分な論戦を実行せずに時間の経過だけを待って採決を強行する。数の力ですべてを押し通す、横暴な議会運営が展開され続けてきたのである。
対米隷属の系譜
安倍政治の本質は何か。この点の見極めが重要である。原発を推進し、日本を米軍の指揮下で戦争をする国に変える。法人税を減税して消費税を大増税する。TPP参加に突き進み、辺野古米軍基地建設を強行する。こうした政策基本路線の根底を貫く一本の柱は、対米隷属である。
安倍首相の祖父である岸信介氏は戦犯容疑者としてGHQによって逮捕される際、高校時代の恩師から「二つなき命に代えて惜しけるは千歳に朽ちぬ名にこそあれ」という歌を贈られている。名誉を重んじて自決せよとの内容だった。これに対して岸信介氏は、「名に代えてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さん」という歌を返している。
結局、岸氏は自決することなく、GHQから釈放されて帰還し、その後に首相の地位に上り詰めた。GHQから釈放された戦犯容疑者が複数存在するが、その大半が米国のエージェントと化したと見られている。米国は助命と引き換えに米国のエージェントとして活動することを求めたのだと考えられる。より正確にいえば、米国のエージェントとして活動することを宣誓するなら助命するとの措置が取られたのではないかと推察されるのである。
安倍晋三氏が祖父の政治家としての経緯を理解していないわけがない。この意味で、安倍晋三氏の行動のベースにあるものは、米国への忠誠、米国への隷従であると考えられる。
安倍政権の経済政策を安倍首相自身がアベノミクスと命名して、その流布に努めてきた。その内容は金融緩和、財政出動、成長戦略であるが、安倍政治の本質を体現しているのは、このなかの成長戦略である。
成長戦略の柱は5つである。農業の自由化、医療の自由化、解雇の自由化、法人税減税、経済特区の新設である。経済運営の基本に市場原理を位置付け、この市場原理にすべてを委ねてしまう。
社会保障や税を通じる所得再分配機能という政府の役割を最小化する。規制を可能な限り撤廃する。公的機関が執行してきた事業を民営化する。この考え方がベースに置かれて経済が運営されてきた。
12年12月の総選挙ではTPPへの対応が1つの争点になった。安倍晋三氏が率いる自民党は「ウソつかない!TPP断固反対!ブレない!日本を耕す自民党」と大書きしたポスターを全国に貼りめぐらせて選挙戦を展開した。TPPの内容についても基本方針を明示し、「国の主権を損なうISD条項に合意しない」ことを明示した。
ところが、選挙から3カ月もたたぬ13年3月15日に、安倍首相はTPP交渉への参加を表明した。そして、野党が強く反対するのを押し切って、16年末にはTPP最終合意文書の国会承認を強行した。
米国大統領に選出されたトランプ氏はTPPからの離脱を表明していた。米国が離脱すれば、TPP最終合意文書を修正しない限り、TPPを発効できない。安倍首相は、TPP最終合意文書に一切の手を入れさせないために承認を急ぐ必要があると強弁した、
ところが、米国のトランプ大統領が公約通りにTPPから離脱すると、安倍首相はTPP最終合意文書の修正論議の先頭に立った。そして、交渉参加国から、主権を損なうISD条項に対する排除提案が出されたにもかかわらず、日本がISD条項を盛り込むことを最も強く主張しているのである。
政権に加担するマスメディアが詳細を伝えないから、主権者国民は何が起きているのかがわからない。しかし、安倍政権は主権者国民に対してウソを並べ立ててその正体を隠しつつ、現実にはグローバルな活動を展開する巨大資本=多国籍企業の利益極大化のために行動し続けている。
(つづく)
<プロフィール>
植草 一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。また、政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。関連記事
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