シンギュラリティが間近に迫る! AI研究者の予測を現実が上回る(後)
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駒澤大学経済学部 井上 智洋 准教授
Googleの技術者で人工知能(AI)研究の世界的権威であるレイ・カーツワイルは「『シンギュラリティ』(技術的特異点)は2045年にやって来る」と言った。今、指数関数的に技術の進歩や革新が進むなかで、その予測はさらに早まるとも言われている。そして2030年には、人間の社会生活、経済生活あるいは価値観が大きく変わる「プレ・シンギュラリティ」(前特異点)がやって来る。遠い未来の話ではなく約10年後のことである。新年を迎えるにあたり、私たちにはどのような心構えが必要とされるのだろうか。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニア、新進気鋭の経済学者、井上智洋 駒澤大学経済学部准教授に聞いた。
2025年、AIが言葉を理解できるようになる
――ここから、18年以降の話題に移ります。45年にシンギュラリティ(技術的特異点)、30年にプレ・シンギュラリティ(前特異点)が来ると言われています。プレ・シンギュラリティを迎える私たちの社会はどのようなものになるのでしょうか。
井上 私は45年をシンギュラリティ、30年をプレ・シンギュラリティだということにこだわりを持っていません。AIの技術開発は今後も私たちの予測を超える速さで進んでいくと思います。しかし、AI技術が雇用に与える影響はまちまちで、ある分野ではAIの導入が進み人手が余り、他のある分野では、AIの導入が遅く人手不足が生じます。つまり、全体として斑模様になるということです。ただし、皆さまが注目している45年については「早ければ、全人口の1割しか働かない社会が訪れる」と考えています。遅ければ60年ごろになると思っています。ここでは少し遡って、2015年〜2030年ごろまでのAI技術とその応用(情報空間、実空間)に関して、5年区切りで俯瞰して見ましょう。
2015年:Finテック元年と言われた年です。「情報空間」(情報処理や記号操作だけが行われている世界)では、金融のIT化・AI化が本格的に始まり、手続きのIT化も促進されました。「実空間」(物体を運んだり動かしたり操作する世界)ではロボットが活躍し始めました。
2020年:「スマートマシン」(自律的に動き回ることのできる賢い機械)の時代が到来します。実空間では、AIを組み込んだコンピュータがロボットやドローン、自動運転車の頭脳として搭載され、結果的にAIが実空間を侵食します。
2025年:研究が進んで、AIが言語を理解できるようになると言われています。今あるAIは「Siri」にせよ、女子高生AI「りんな」のようなチャットボットにせよ、言葉の意味ができているわけではありません。人間の問いかけに対して、統計的に妥当であろう返答をしているだけです。こうした言葉の意味を理解していない会話型のAIは「人工無能」と呼ばれています。AIが言葉を理解できるようになると、情報空間における自動翻訳・通訳が飛躍的に進歩するだけでなく、実空間においては、接客ロボット、執事ロボット(言葉を理解し得るAIをロボットに搭載)が出現します。
2030年:汎用AI元年になることが期待されています。AIには「特化型AI」と「汎用AI」の2種類があります。今あるAIはすべて特化型です。どんなに優れていても、人間の知性に追いついたとはいえません。人間は、学習さえすれば、囲碁を打ったり、会話をしたり、事務作業をしたりさまざまなタスクをこなすことができます。このような「汎用AI」はこの世にまだ存在していません。しかし、もし2030年ころに汎用AI(と汎用ロボット)ができるのであれば、それ以降多くの人間の雇用が消滅に向かう可能性があります。汎用AIは汎用的な知性をもった人間という存在そのものと代替でき、さまざまな職業に対応可能だからです。
現実社会の方は徐々に穏やかに変わっていく
――2030年ごろに汎用AI(と汎用ロボット)ができるのであれば、たしかに人間と代替されてしまいそうですね。
井上 この問題を論じる時に注意しなければいけない点が1つあります。「AI技術はたしかに指数関数的かつドラスティックに変わって行きますが、一方私たちの現実社会の方は徐々に穏やかに変わっていく」というのが私の持論です。それは、新技術が生まれても、業界ごとの慣習や特質を考慮したうえでの導入、普及にはしばらく時間がかかるからです。この視点に立たないと、いろいろな誤解が生まれます。
たとえば「この分野の仕事はなくなるのか、なくならないのか?」という問いがありますが、これは前提に大きな誤りがあります。正しくは「この分野の仕事は大きく減るのか、小さく減るのか?」で議論しないといけません。どんな仕事にも、人間くさい部分があり、その分野の仕事が一気になくなってしまうことは考えにくいからです。前者のような問いの場合は「いや、こういう部分が残る」という意見が出ると、「それなら雇用が維持されて安心」というふうに話が終わってしまいます。それでは、仕事が大きく減るような事態に対する備えができず、大量失業のような悲劇が生まれてしまいます。AIを美化し過ぎず、ネガティブな面にもちゃんと目を向けて、今から対策について議論しておくことが重要です。
事実に蓋をすることなく問題の解決に当たる
――最後に、18年を迎える読者に一言メッセージをいただけますか。
井上 「人工知能(AI)における失業は起こるのであろうか?」という議論の決着がつかないうちに、現実の世界では、いわゆる「AIによる技術的失業」は起きています。身近な問題でいえば、アマゾンのようなIT・AI化された書店の普及によって、まちの本屋さんはどんどん潰れています。これからは、金融業(銀行・証券)を中心に大きく失業者が出ることは、アメリカの例を出すまでもなく明らかなことです。
日本には、今ネガティブなことは聞きたくない、耳触りの良いことだけを聞いていたいという風潮が、知識人を含めて蔓延しています。悪戯に危機感を煽る必要はありませんが、賢明な読者の皆さまと一緒に、事実に蓋をすることなく、問題の解決に当たっていければと考えています。
(了)
【文・構成:金木 亮憲】<プロフィール>
井上 智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして、学会での発表や政府の研究会などで幅広く発信。AI社会論研究会の共同発起人をつとめる。著書として、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)、『新しいJavaの教科書』(ソフトバンククリエイティブ)、『人工超知能』(秀和システム)、共著に『リーディングス 政治経済学への数理的アプローチ』(勁草書房)、『人工知能は資本主義を終焉させるか』(PHP新書)など多数。関連キーワード
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