2024年12月24日( 火 )

発病のメカニズムを遺伝子レベルで解析 「精密医療」実用化へ(後)

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九州大学医学部 第一内科教授 赤司 浩一 氏

 医学の進歩とともに人間の平均寿命は延びてきた。しかしながら、依然として「不治の病」といわれる病気も少なくはない。日本人の死因第1位のがんも、重粒子線がん治療などの先端医療を始め、さまざまな治療法が開発されてはいるが完全に克服できたとは言い難い。このようななか、遺伝子解析から病気のメカニズムを解き明かし、個人レベルで適切な治療を行う「精密医療」(プレシジョンメディシン)が実用化に向けて大きく前進している。そう遠くはない未来、われわれの病気、健康に対する考え方はどのように影響を受け、変化するのだろうか。九州大学で「プレシジョンメディシン研究センター」設置を進めている赤司浩一教授に話をうかがった。

がん撲滅の可能性

 ――病院で受ける医療に変化はありますか。

 赤司 病院で受ける医療は保険医療の変化とともに変わっていきます。それとは別に、ゲノム医療は、今注目されている免疫療法、いわゆるがん免疫チェックポイント療法と組み合わされていく可能性があります。流れを説明すると、まず、遺伝子変異が遺伝子上に乗ると、そこから出てくるタンパク質にも異常が出てきます。異常なタンパク質というのは、その患者さん特有のもので、一部に免疫のマーカーになるものがあります。それをネオアンチゲン(新抗原)といいます。がん特有のネオアンチゲン、つまり、人間が普通はもたないタンパク質が出てくる。そうすると、そこに免疫を働かせることが可能になります。

 がんゲノムの解析は、ネオアンチゲンの解析から免疫療法に結びつく可能性があります。今のがんの先進医療は、免疫チェックポイントが1つの柱、もう1つが、がんゲノム医療で、その一部が免疫療法と融合していくことで強力ながん撲滅のツールになる可能性があります。そうした研究を集約的に行い、新たに開発していくこともセンターの役割かと思います。

 病院で受ける医療は保険医療の範囲となりますが、最先端医療の開発の現場で治験として行うこともあります。現実問題としては、ゲノム医療を国が導入していくことは明らかであり、そのなかで遅れをとらず、むしろリードしていくことが重要です。

 ――アメリカにおける研究はどのように進んでいますか。

 赤司 2015年1月30日の一般教書演説で、オバマ大統領(当時)が、プリシジョン・メディスン・イニシアチブを立ち上げました。オバマ氏は、「Why Now?(なぜ、今なのか?)」という問いに対して、ヒトゲノム計画の完了によってヒトゲノムの情報がそろったことを理由に挙げています。アメリカでは、遺伝子パネルの開発を民間企業が行っており、標的遺伝子に対する解析ができるようになっています。ただし、今はまだ、分子標的薬を開発している段階で、治療法まで結びついたかたちにまでは至っていません。日本がそんなに遅れているわけではないのです。

 ――日本でも、民間企業が事業として取り組める余地はありますか。

 赤司 アメリカ企業が日本にも進出する可能性があり、国としては国産の遺伝子パネルを望んでいます。遺伝子パネルについては学会でガイドラインを出しており、私が理事長を務める(一社)日本血液学会では、ゲノム医療部会をつくり、九大、京大、国立がんセンターなどを中心に取り組み、厚労省との話し合いで今後の進行を検討する段階に来ています。

 ――実用化に向けての準備は、かなり進んでいるということですね。

 赤司 そうですね。あとは保険収載するための医薬品を開発しなければいけません。歩とどまりがよく、市販品として検査に通る医薬品を用いた、審査を通った検査として世に問わないといけません。その過程には、ものすごい努力が必要で、大学だけでするようなものではなく、企業と組まなければいけないと感じています。

 ――最後に、赤司先生が感じられている「精密医療」の可能性とは。

 赤司 精密医療の面白いところは、精密にいろいろなことを調べていくと、最初の目的以上のことがわかってくるところにあります。網羅的に物事を知ることで、DNA、ゲノム、メッセージなど全部の情報をまずかき集めて、そこから「さあ何がある?」という、そんな世界なんですね。こういう大がかりな研究をやり始めると予想もできない新しいことが見えてきます。そこがこれからの精密医療の魅力だと思います。

(つづく)
【聞き手・文・構成:山下 康太】

<プロフィール>
赤司 浩一 氏
1985年、九州大学医学部卒業。2000年、ハーバード大学準教授、同年九州大学病院遺伝子細胞療法部教授、08年、九州大学大学院病態修復内科学(第一内科)教授。14年10月、(一社)日本血液学会の理事長に就任。

 
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