チョムスキーに学ぶ~今日のアメリカは明日の日本(前)
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今、『アメリカンドリームの終わり』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)が大変に話題になっている。著者はアメリカに残された数少ない知性、言語学者・政治哲学者でMIT名誉教授のノーム・チョムスキーである。全米アマゾン第1位(マクロエコノミクス部門)、ニューヨーク・タイムズのベストセラーに輝いた。先の「衆議院議員選挙」の結果を意外に思い、心の中が“もやもや”している読者も多いかもしれない。しかしこの本を読めばその霧は一気に晴れる。「今日のアメリカは、明日の日本」なのである。チョムスキー氏と長年にわたる交流があり、同著の翻訳に当たった寺島隆吉 元岐阜大学教育学部教授・国際教育総合文化研究所所長の自宅を訪ねた。同席をいただいたのは、共訳者である夫人の美紀子氏(岐阜・朝日大学経営学部教授)である。
今、Deep Stateの立てた筋書通りに進んでいる
――まずは年末にあたり、2017年を少し振り返っていただけますか。
寺島隆吉氏(以下、寺島) いろいろな見方があると思いますが、私の専門である「国際教育」という観点で振り返ってみます。アメリカに関しても、世界全体にとっても、まさに激動の1年だったと思います。とくに、アメリカの本性・実態がこれほど明らかになった年は近年ありませんでした。その大きな理由の1つがトランプ大統領の出現です。私はこのことはある意味でよかったと思っています。トランプ大統領によって、これまでほとんど表には出てこなかったアメリカ政治の現実が白日のもとに晒されることになったからです。
トランプ大統領は現時点で、実質的には選挙公約をほとんど果たせていません。その実行を許されていないのです。これはオバマ前大統領の時にすでに明らかになっていたことですが、アメリカの大統領は単なる「お神輿」であって、実際の政治を動かしているのは、最近話題の言葉でいえば、「闇の政府(Deep State)」だからです。それはウォール街に象徴される勢力で、時にはその要望実現のために動くCIA(中央情報局)であったり、ペンタゴン(国防総省)だったりするわけです。
滑稽かつ象徴的な事実の1つとして申し上げれば、トランプが大統領になって、最初に挨拶に行ったのは、選挙期間中は「解体する」とまで批判をしていたCIAでした。アメリカは今、ほぼ「Deep State」の立てた筋書通りに進んでいます。
ニューヨーク・タイムズ紙にときおり「政治的に不可能」とか「政治的な支持が得られない」という記事が載りますが、その記事が取り上げている問題は、たとえば「国民皆保険制度」など、たいてい国民の大多数が長い間、待ち望んでいたものです。「政治的な支持」というのは、ゴールドマンサックスやJPモルガンチェイスなどの金融機関からの支持が得られることを意味します。(『アメリカンドリームの終わり』(以下、本書137頁から)。
チョムスキーの政治哲学にも強い興味を感じ
――年末に出版された訳書『アメリカンドリームの終わり』(ノーム・チョムスキー著)は「極めて高度な内容を平易な言葉で語ってくれている」と読者に大評判です。ところで、先生はチョムスキー氏とはどのようなご縁になりますか。
寺島 私は大学では物理学史(教養学科「科学史科学哲学」)を専攻しました。その後、高校の英語教諭として在職中に、金沢大学大学院教育学研究科(英語教育)に入学、そこで初めてチョムスキーを知ることになります。チョムスキーといえば、言語学に革命を起こした「変形生成文法」の創始者として、知らない人はいないほどの有名人ですが、同時に、真実を追求する姿勢と優れた思想で敬愛されている、活動家・政治哲学者でもあったのです。
言語学はもちろんですが、私はチョムスキーの政治哲学にも強い興味を感じチョムスキーの教え子が運営するサイトZNetに掲載されている論文を読みまくりました。そして、読んだものを翻訳して自分のホームページに載せていました。その際、わからないことがあるとチョムスキーにメールで問い合わせをし、チョムスキーとの交流が始まりました。
チョムスキーのもとには、毎日世界中からメールが届くので、返事は1~2行のことが多いのですが、それでも感激でした。この翻訳は私の主催する研究会の先生方にも参加いただき、あとに『チョムスキー21世紀のアメリカを語る』(明石書店)として出版されることになります。
大学院卒業後に私は岐阜大学教養部に英語教員として奉職、文科省の方針で教養部が廃止となってからは、教育部生涯教育課程で「国際理解教育」コースを担当することになります。私は教養部時代からTESOL学会に参加するたびに、1カ月近くアメリカのあちこちを見て回る旅を続けていましたが、アメリカの政治をきちんと勉強したことはありませんでした。そこで、「国際理解教育」の担当を契機にチョムスキーの政治論を本格的に学び始めました。
実際にチョムスキーと会ったのは、カナダのウィンザー大学における「国際シンポジウム」です。このシンポジウムは、大手メディアの偏向を鋭く分析した名著『マニュファクチャリング・コンセント(合意の捏造)』が出版されて20年を記念する国際集会でした。
この時はちょうど拙訳『チョムスキーの「教育論」』(明石書店)を出版したばかりだったので、チョムスキーにプレゼントしました。その時思いもかけず、チョムスキーから一緒に写真をと声がかかりました。ちなみに、本書の副題となっている「富と権力を集中する10の原理」の1つに、この「合意の捏造」が入っています。
アメリカンドリームの重要部分は階級の移動性です。そのような夢は現在のアメリカでは通用しません。いまや、社会的地位が上昇する可能性は、ヨーロッパと比べても、ぐっと低くなっています。にもかかわらず、アメリカンドリームという夢だけは、いまだに残っています。権力による宣伝・扇動がそのような夢をつくりだしているからです(本書3・5頁から)。
(つづく)
【文・構成:金木 亮憲】<プロフィール>
ノーム・チョムスキー
言語学者、政治哲学者、活動家。1928年生まれ。ペンシルべニア大学で言語学、哲学を学び、その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で50年間教鞭をとる。現在はMITの名誉教授、かつMIT特別栄誉教授(インスティチュート・プロフェッサー)。その言語学的研究は革命的で脳科学にも巨大な影響をおよぼした。ベトナム反戦運動を通じて、政治的発言も活発になり、2001年出版の『9-11』は世界的なベストセラーで、「ポスト9.11 」のなかで最も大きな影響力をもつ1冊となった。<プロフィール>
寺島 隆吉(てらしま・たかよし)
元岐阜大学教育学部教授。国際教育総合文化研究所所長。1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科を卒業。石川県公立高校の英語教諭を経て岐阜大学教養学部および教育学部に奉職。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校などの客員研究員。専門の著書は数十冊におよぶ。訳書として『チョムスキー 21世紀の帝国アメリカを語る』、共訳として『チョムスキーの「教育論」』『肉声でつづる民衆のアメリカ史』『アフガニスタン、悲しみの肖像画』『衝突を超えて‐9.11後の世界秩序』(日本図書館協会選定図書2003年度)など多数。関連キーワード
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