チョムスキーに学ぶ~今日のアメリカは明日の日本(中)
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国際教育総合文化研究所所長 寺島 隆吉 氏
今、『アメリカンドリームの終わり』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)が大変に話題になっている。著者はアメリカに残された数少ない知性、言語学者・政治哲学者でMIT名誉教授のノーム・チョムスキーである。全米アマゾン第1位(マクロエコノミクス部門)、ニューヨーク・タイムズのベストセラーに輝いた。先の「衆議院議員選挙」の結果を意外に思い、心の中が“もやもや”している読者も多いかもしれない。しかしこの本を読めばその霧は一気に晴れる。「今日のアメリカは、明日の日本」なのである。チョムスキー氏と長年にわたる交流があり、同著の翻訳に当たった寺島隆吉 元岐阜大学教育学部教授・国際教育総合文化研究所所長の自宅を訪ねた。同席をいただいたのは、共訳者である夫人の美紀子氏(岐阜・朝日大学経営学部教授)である。
真実をとことん突き詰める迫力を感じさせる
――チョムスキー氏とはどのような人物なのですか。また、原書に関して教えてください。
寺島 私も理系人間なので理解できるのですが、チョムスキーは言語学を生物学の一分野であり、「脳における演算システムの研究」だと考えているので、数学も普通に使います。
チョムスキーの著書は常に真実をとことん突き詰める迫力を感じさせます。内容はとても急進的で、時には辛辣でさえあります。しかし、講演やインタビューを聴くと、それと対照的に、言葉を慎重に選んで、訥々と語っています。彼の温厚な人柄を感じさせます。
『アメリカンドリームの終わり』はチョムスキーに対する4年がかりのインタビューで構成され、チョムスキーの本では異色の部類に入ります。この4年がかりのインタビューを73分に凝縮させた映画はすでに2015年に封切られ、数々の国際ドキュメンタリー映画祭で公式招待を受けています。原書は、映画のすばらしい雰囲気を生かすために、封切り後1年以上かけて編集、17年3月28日に出版されました。
違う点がもう1つあります。これまで、チョムスキーの本といえば、アメリカの外交政策批判が定番でした。しかし本書はアメリカの国内事情に絞って編集されています。この点は日本の読者にとっても大いなる幸いでした。「今日のアメリカは、明日の日本」の観点から、本書に書かれている内容を、日本で起きている状況と容易に比較検討して学ぶことができるからです。
広告産業が選挙を操り、無知な選挙民をつくりだし、選挙民は非合理的・非理性的な選択をするようになりました。彼らが仕組んだのは、表向きの政策宣伝をほとんど無内容にするものでした。この結果、有権者はしばしば、自分たちの利益に反する候補者を選ぶことになってしまいました。有権者が関心をもつ本当の問題から有権者を遠ざけるのです。その理由は極めてはっきりしています。有権者が関心をもつ問題に対して、候補者の出す政策と有権者の意見との間には、大きくかつ実質的な裂け目があるからです(本書236・237頁から)。
なぜ、アメリカは格差社会になり果てたのか
――本書のエッセンス(書かれている内容)を、読者にやさしく教えていただけますか。
寺島 「現存する最も重要な知識人」(ニューヨーク・タイムズ)といわれるチョムスキーは50年前からアメリカ社会の富の偏重に警告を発していました。この本は、彼の予想通りに極端な格差社会になり果てた現在のアメリカを前に、なぜそのようになったのか、背後にある政治的な変化はとは何かを、率直かつ詳細に語ったものです。全体はとてもわかりやすく、【10の原理】で表現されています。
私はこの10の原理を最初に見た時、アンヌ・モレリの著した『戦争プロパガンダ10の法則』が頭をよぎりました。これは、好戦国がメディアと結託して流した「嘘」を分析、歴史のなかでくり返されてきた情報操作の手口、正義が捏造される過程を浮き彫りにした本です。つまり、戦争をやりたい人たちが、どのように戦争を始めるかが書かれています。本書の編集者も、この本を念頭において「10の原理」を編んだのではないでしょうか。
テレビやインターネットを見れば、私たちの人間関係を崩壊させるようなことが毎日のように起こっています。そして、それこそが権力者の狙いなのです。彼らの狙いは、人びとを、お互いに恐れ合ったり憎み合ったりするように仕向けることだからです。そうすれば、民衆は自分たちのことだけに関心をもち、他の人たちのことなど考えもしなくなるからです。そして、残念ながら、今のところ目の前に展開されている光景は、あらゆるものに怒りをぶちまけるだけで、真の敵に焦点が当てられていません(本書254・257頁から)。
(つづく)
【文・構成:金木 亮憲】<プロフィール>
ノーム・チョムスキー
言語学者、政治哲学者、活動家。1928年生まれ。ペンシルべニア大学で言語学、哲学を学び、その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で50年間教鞭をとる。現在はMITの名誉教授、かつMIT特別栄誉教授(インスティチュート・プロフェッサー)。その言語学的研究は革命的で脳科学にも巨大な影響をおよぼした。ベトナム反戦運動を通じて、政治的発言も活発になり、2001年出版の『9-11』は世界的なベストセラーで、「ポスト9.11 」のなかで最も大きな影響力をもつ1冊となった。<プロフィール>
寺島 隆吉(てらしま・たかよし)
元岐阜大学教育学部教授。国際教育総合文化研究所所長。1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科を卒業。石川県公立高校の英語教諭を経て岐阜大学教養学部および教育学部に奉職。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校などの客員研究員。専門の著書は数十冊におよぶ。訳書として『チョムスキー 21世紀の帝国アメリカを語る』、共訳として『チョムスキーの「教育論」』『肉声でつづる民衆のアメリカ史』『アフガニスタン、悲しみの肖像画』『衝突を超えて‐9.11後の世界秩序』(日本図書館協会選定図書2003年度)など多数。関連キーワード
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