加速する地球温暖化で危機に瀕する「現代版ノアの箱舟」(3)
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国際政治経済学者 浜田 和幸
世界には同様の趣旨で建設された種子バンクが1,700カ所ほどあるが、そこまで厳重な貯蔵施設は見当たらない。実は、北朝鮮もこの施設の頑丈さに注目し、自国の種子の保存を依頼してきた。世界各国が注目するなかで、唯一大国でこの種子バンクに背中を向けてきたのが中国である。
ところが、この「人類の未来の生存に欠かせない」はずの「ノアの箱舟」に想定外の危機が迫っているのである。日本ではまったく関心の対象外となっているようだが、実に由々しい事態といえるだろう。なぜなら、地球上で最も安全なはずだった場所が、意外にももろいということが発覚したからだ。
完成当時には、アメリカの有力雑誌「タイム」が「人類の歴史において6番目に位置する偉大な発明」と絶賛した種子バンクのはずだった。貯蔵庫のモニュメントは環境をテーマにした作品で知られる日本人の彫刻家によるもの。それが、完成10周年を待たずして、このままでは使い物にならないとの烙印を押され、抜本的な設計の見直しが必要となってしまった。ビル・ゲイツ氏始め関係者も真っ青になっているに違いない。
実は、その原因は異常なスピードで進む地球温暖化である。北極海の氷が猛烈な勢いで溶け始めている。2040年から2050年の間には、夏場になると氷がすべて溶けるとの予測もあるほどだ。実際、スピッツベルゲン島の平均気温は従来のマイナス5.9度から3.3度に上昇している。
その結果、頼みの綱であった「永久凍土そのもの」が溶けだしてしまった。これには関係者一同が茫然自失である。2018年3月時点で、貯蔵庫の建物は健在ではあるが、周囲の氷が猛烈な勢いで溶け始めており、種子バンクが水没する恐れが現実のものになりつつある。
すでに貯蔵庫の入り口近くからは大量の水が浸入し、貴重な数百万種類の種子が台無しになるまで水が迫っている。なかには「もともとの設計が誤っていた。貯蔵庫をトンネルの下に配置するのではなく、トンネルのうえに置くようにすれば、こんな問題は起きなかったはずだ」との批判も。「覆水盆に返らず」であるが。
人類の未来を救うはずの種子バンクが水没の危機に直面する。こんな皮肉な結末はないだろう。もともとノルウェー政府と共同でこの事業を進めてきたGCDT(世界生物多様性信託基金)のバウラー博士曰く「我々は毎日のように作物、生物の多様性を失いつつある。将来の農業のため、そして気候変動や伝染病などの危機から人類を守るため、あらゆる環境に適応する種子を保存する必要がある。言い換えれば、あらゆる危機に生き残る種子を集めたフェールセーフの金庫にしたい」。
しかし、そうした目論見の背後には「アグリビジネスの利益追求」という狙いが隠されていた。どういうことかといえば、農薬や化学肥料、そして種子をビジネスとするモンサントやシンジェンタ、カーギルなどは在来種より収穫量の多い高収量品種を化学肥料や除草剤を投入することで実現しようと目論んできたのである。
思い起こせば、かつてロックフェラー財団は食糧危機を克服するという目的で「緑の革命」を推進したものだ。同財団のボーローグ博士は、この運動の指導者としての功績が認められ、1970年にはノーベル平和賞を受賞した。
とはいえ、「緑の革命」は石油製品である化学肥料や農薬を大量に使うことが前提であった。メキシコの小麦やトウモロコシ栽培で見られたように、導入当初は収穫量が2倍、3倍と急増したのも事実。ところが、化学肥料の投入が続いた結果、何が起こったか。
農地が疲弊し、新しく導入された種子も年を経るに従い、収穫量が減少したのである。そのため、さらに化学肥料を大量に投入するという悪循環に陥った。最終的には農薬による自然破壊や健康被害も引き起こされ、鳴り物入りの「緑の革命」も、実は伝統的な農業を破壊し、食品連鎖のコントロールを農民の手から多国籍企業の手に移そうとするプロジェクトに過ぎなかったのではないか、との批判の対象となり、失敗の烙印が押されることになったのである。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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