加速する地球温暖化で危機に瀕する「現代版ノアの箱舟」(4)
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国際政治経済学者 浜田和幸
そうはいっても、ロックフェラー財団に代表されるような大富豪ファミリーや石油メジャーのセブンシスターズや世界的な種子メーカーのモンサントなどのアグリビジネスは空前の利益を上げたことはいうまでもない。今回の「現代版ノアの箱舟」計画についても、大手のアグリビジネスにとっては願ってもないビジネスチャンスと受け止められてきたのである。なぜかといえば、遺伝子組み換え作物の特許を有する多国籍企業にとっては、「ターミネーター」と呼ばれる技術特許は富を生む源泉になっているからだ。
というのは、この技術が組み込まれた種子を蒔いて育てても、できた種子は発芽しないように遺伝子を操作されているのである。ということは、一度この種子を導入した農家は毎年必ず、新たな種子を買わなければならないわけだ。農家は種子メーカーの言いなりにならざるを得ない。
つまるところ、種子メーカーが食糧生産を自由にコントロールできるということである。かつて「緑の革命」を推進したロックフェラー財団、ターミネーターを開発し、世界に普及させようとした巨大なアグリビジネス、そしてマイクロソフト社を通じて独占ビジネスの頂点に立ったゲイツ氏が手を握り、世界中から植物や作物の種子を徹底的に収集しようとしたのが「現代版ノアの箱舟」計画にほかならなかった。「食を支配することは人を支配すること」にほかならない。
2008年に完成して以来、この貯蔵庫には世界中から種子が集められた。保存期間は概ね数千年の単位である。小麦であれば1700年、大麦なら2000年、トウモロコシは2万年もの長期保存が可能とのことであった。2017年の時点で400万種類近くの種子が保存されていた。コメと麦だけに限っても20万種類以上が貯蔵されている。最終的には450万種類、総計20億個の種子を集める計画であった。この最終ゴールは現在地上に存在する種類の2倍を集めるというもの。ということは、すでに絶滅した種や地球外の種にも収集範囲を拡大するという遠大な構想であった。
こうした大規模な貯蔵施設はかつて類を見ないスケールとはいえ、似たような施設は世界各地につくられてきた。日本にも筑波を始め何カ所か存在する。ところが、大半の貯蔵施設は経済危機の影響を受け、経営が立ち行かない状態に陥っている。そのため、「現代版ノアの箱舟」計画では、こうした経営危機に陥った貯蔵施設の種子を次々に買収し、収集する種子の数を飛躍的に拡大してきたのである。
さらに深刻な問題は、イラクやアフガニスタンにあった種子バンクを米軍は意図的に空爆で破壊してきたことである。これでは戦火が収まった後、農業を再生させようと思っても土着の種子がない。結果的にアメリカの種子メーカーが提供する遺伝子組み換え作物に依存するというパターンが生まれるのである。人類最大の種子バンクになるはずだったが、すでに述べたように、地球温暖化の波に飲み込まれようとしている。人類の共通財産であるべき食物をコントロールし、莫大な利益を得ようとした動きに自然界が鉄槌を下したのであろうか。想定外の事態に直面し、ノルウェー政府はビル・ゲイツ氏らとも協議の上、応急の補強工事を始めることを決めた。2018年の春から開始し、2019年末までには完成させるという。経費は1,300万ドルの予定だ。
「ノルウェー政府の威信にかけても間に合わせる」と同国の農業食品省の幹部は意気込むが、自然を相手にした作業には厳しい前途が待ち構えている。貯蔵庫周辺から1万7,000m3の液状化物質を取り除き、防水コンクリートで補強し、周辺の山からの雪崩や永久凍土の氷解水の流入を食い止めねばならない。
自然の摂理に逆らって、はたして思った通りに行くのだろうか。自然界の種子を絶滅させ、高額の遺伝子組み換え作物に変えさせた人類の欲望はとどめを知らないようだ。モンサントの遺伝子組み換え種子を導入したインドの綿花農家では膨らむ借金からの自殺者が相次いでいる。
今からでも遅くはない。改めて自然の恵みに感謝し、人工的な遺伝子組み換え技術に依存せず、本来の自然に依拠した人間性を取り戻すきっかけにすべきでなかろうか。その意味でも、自然とともに生きるライフスタイルを信条とする日本人の出番といえよう。
(了)
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