2024年11月24日( 日 )

人に歴史あり(後)

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大さんのシニアリポート第64回

 「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)も11年目を迎え、延べ来亭者数は3万人を遙かに超えた。そして30数名が鬼籍に入られた。そのなかでも忘れられない人が2名いる。ふたりともまだ健在である。今回は、ふたりに敬意を表するという意味でも実名で紹介したい。ふたりに共通するキーワードは「戦争」であり、戦後を「毅然として生きてきた」という自信に満ちた生き様である。横井京子さん(87歳)、内田克己さん(92歳)。それぞれの人生の一部分を切り取ってみたい。

内田 克己 さん

 3月末で92歳になる内田克己さんは「ぐるり」最古参の常連である。「朝起きると、今日一日することが見つからない」といいながら、英会話、作詞、カラオケと何にでも挑戦する。英会話上達のため、立教大学のキャンパスに出かけ、女子留学生と友たちになり、英会話とデートを同時に楽しむ優れものである。端整な顔立ちで、「ぐるり」常連の女性陣に人気がある。兄妹は、長男(97歳で死去)を始め、次男95歳、長女94歳、本人92歳、次女88歳と見事なまでの健康長寿一家である。

 20歳のとき、三重県香良洲の海軍練習航空隊に入隊。戦後は、不動産、ホテル業などで生産管理・監査の仕事に従事した。今でも「分析」に関しては一家言を有するアナリストである。尊敬する人物は実姉のご主人。元陸軍参謀で、戦後は外交関係(とくに東南アジア)で吉田内閣を陰で支えた人物。「本気で日本の将来を憂う政治家がいない」と嘆く。
 最近の「公文書改ざん事件」には、「政治家として、官僚としてのプライドがなさすぎる」と手厳しい。櫻井よしこ氏(ジャーナリスト、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表)に心酔し、「あんないい女はいない」「憲法改正し、軍隊を有して日本を守るべきだ」が口癖。政治的な立場を異にする私とは常に丁々発止とやり合う。でも、論争が終われば、すべてノーサイド。私を挑発して楽しんでいる感じがしないでもない。
 口癖といえば、「すでに死んでいるのに、気づかないで生きている」も「内田語録」として有名である。2年前の夏、「どうも本当に死んでいるみたい」といいながら、産経新聞の死亡欄を持参した。そこに『内田克己氏=UACJ社長。老衰のため死去、90歳』とあった。同姓同名、同年齢。まったくの偶然である。「すると、ここにいる私は誰?」とひょうきんな一面も見せる。

 高齢になればなるほど、自分の価値観にしがみつき、相手の生き方、考え方を否定することで生きがいを感じる人が多い。しかし、内田さんは常に自然体の人である。人の悪口を言うのを聞いたことがない。自分の価値観を押しつけることをしない。
 「ここ(「ぐるり」)に来るだけで、見守られているという気がする」という。「年だから、いまさらやっても効果ないよ」といって拒否する人が多い「百歳元気体操」(手と足にオモリを負荷して体幹を鍛え、転ばない身体をつくる。単純で面白みの欠けるのが難点)にも積極的に参加。効果てき面、歩く速度が確実に速くなった(本人に実感がないようだが)。何にでも興味を示しチャレンジするから頭の回転が速く、顔色もいい。その生き生きした表情が「ぐるり」の来亭者にも明るさと勇気を与える。大正→昭和→平成→???と4つの時代を生き抜いてきた快男児。内田さんがいないと、「ぐるり」の空気感が間違いなく薄れてしまうだろう。
 老いの身は 夢に抱かれて 無の世界 (克己)

 ふたりに共通する「戦争」は、それぞれに体験内容が違う。横井さんは異文化に悩み、波乱に富んだ中国での生活と、命がけの引き上げ体験談を饒舌に話した。逆に内田さんは海軍練習航空隊での苦労話をあまり語りたがらない。しかし、彼の考え方(右寄りの)は、間違いなく当時「国の礎となる覚悟」を強いられながら挫折した青年の忸怩たる思いから来ている。その視点から見ると、今の「相変わらず責任回避に奔走する日本人」に我慢がならないのだろう。それぞれ自ら示してくれた「毅然とした生き様」にただただ驚愕するのみ。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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