大谷史洋氏自叙録「この道」を読み解く(2)~「決断と実行力」
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約40年前、新しいことをやろうと設計事務所を立ち上げた(株)おおたに設計会長の大谷史洋氏。人々が生活する「場」となるマンションづくりを黎明期から支え、福岡のまちづくりに携わってきた。大谷氏の半生は、福岡のマンション、まちづくりの歴史でもある。大谷氏が著した自叙録「この道」(2016年6月1日発行)には、幼少期からのさまざまな出来事が、自身の言葉で綴られている。そこには、ビジネスや生き方のヒントも詰まっている。
自ら先頭に立ち改革を遂行
決断力と実行力はビジネスにおいて欠かせない。大谷氏は、決断とそれを実行する力が強かった。判断の基準も自分の利益というよりも人との関係や時代の自然な流れのなかで自分がはたす役割を見つけ、それに向けて動いていていたという印象を受ける。しかも、そのスピードが速い。
大谷氏は、福岡での分譲マンション市場の成長を見越して、分譲マンションの設計に力を入れるとともに、市場の成長を支え続けた。そして、1980(昭和55)年ころには福岡のマンションデベロッパーの7割近くと取引をし、年間着工件数も20物件を超えるほどとなった。
設計の仕事は多様だ。通称「容積チェック」と呼んでいる段階を経て、物件が決まると、まず基本設計をやり、実施設計に入る。実施設計が終わると、確認申請を提出し、業者選定に入る。確認が下り業者が決まり着工すると、監理の業務が始まる。この設計の流れは、1人の担当では到底できない。案件が増加している状況ではなおさらだ。各セクションに人間を配置し責任の所在を明確にした。こうして組織化することで増加する需要に対応できる体制を整えた。
また、生産性を高めるために、いちはやくCADを導入した。その頃、設計業界ではCADが出現し、パソコンでの製図ができるようになり始めていた。福岡ではどこもCADは使っていなかったが、「今からCADの時代になる」と考えた大谷氏は、早速、社内でCADの準備室をつくり、設計CADの調査を進める。そして、集合住宅に一番合った日立のGMMを5台そろえて、所員にCADで製図するように指示した。しかし、所員は誰も使おうとしない。それもそうだ。今までとまったく違う方法で製図をしろと言われても、すぐには対応できない。操作を覚えるのも大変だと思うだろう。
多くの人間は、改革の是非とは別に変化することを反射的に拒むものだ。組織の改革を進めたい社長も、言い出したものの自分が先頭に立つのではなく、言いっ放しや部下にまかせっきり。改革はいっこうに進まない。そして、新しい取り組みはいつのまにか消えていくケースは、決して珍しくはない。
大谷氏は違った。「自分が動かせたらCADを使うか」と部下に迫る。その日からCADの前に座り、基礎から勉強する。朝から最終電車の時間まで座り込んだ。線種の確定、版面の重ね方、部品の作成と必死に勉強した。CADは誰が操作しても出来上がった図面は同じで、見やすい。複写や着色もできる。今からはCADの時代だということを確信する。自らが取り組むことで、CADの使い方の方向性もみえてきた。
トップが本気になって取り組めば、ほかの社員も改革の必要性を理解する。大谷氏は、女性のCAD部隊をつくる前提でCADの整備を始めた。CADオペレーターを募集すると、驚くほどの応募があった。8人のオペレーターで、瞬く間にCADが動き出した。慣れてくると作図の効率が上がった。
火事で焼けた事務所を2日で復旧
大谷氏の優れた決断・行動力を表す事例はほかにもある。ある日の朝5時頃、電話が鳴った。事務所が火事だという。急ぎ事務所に行ってみると、1階から3階までの事務所のうち、2階の内部が全焼している。1階、3階は汚れてはいるが、火は回っていない。外部はタイル貼りでもあり、真っ黒く汚れている。原因は、従業員のタバコの不始末だった。普通なら、ここで思考停止を起こす人も多い。
大谷氏の決断は早かった。設計中の物件もあり、施主に迷惑はかけられない。1日も早い事務所の復旧のためにと善後策を講じ、動き出す。朝一番に全社員に作業衣と手袋を用意し、1日で2階事務所の片づけを終わらせるよう指示する。外壁は洗い、1、3階は掃除で終わる。実質2階の内装工事だけだと判断すると、高木工務店の担当者に、「細かい部分の納まりはある程度目をつぶるから2日で仕上げて欲しい」と依頼した。言い出したらどんなことをしてもやり遂げる大谷氏の気性を知っている担当者は「わかりました」と引き受ける。
多くの人が手伝いに駆け付け、親身になってくれている。2日目に入ると、外部足場がだいたい終わり、夜になると一部の設計の機器は間に合わなかったが、内装工事は終了した。火災発生から3日後には何事もなかったように以前の状態に戻った。迅速な判断と復旧で、施主に迷惑をかけることもなかった。火事見舞いにきた人たちは、「どこが燃えたと?」「本当に火事やったと?」と不思議がったという。
「商売で最も必要なのは決断力だ」と遺したのは三井家3代目の三井高平である。火事は災いだったが、大谷氏は、迅速な決断と行動で経営者としての力量を示した。
(つづく)
【宇野 秀史】■応募概要
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