義援金200億円に見る、日本と台湾の距離!(3)
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台湾在住の作家・木下 諄一 氏
「同胞受難的感覚」と「銭不用找」という言葉
――前回、募金が集まっていく様子を臨場感たっぷり味あわせていただきました。取材対象者から聞いた、記憶に残っている言葉は何かありますか。
木下 たくさんありますが、代表的なものを2つお話します。
1つ目は「同胞受難的感覚」という言葉です。この言葉は、地方自治体の長を取材したときに聞きました。「他人事とは思えなかった」という意味です。「3.11はどうしても外国で起こったこととは思えなかった、自分に降りかかってきたものだと思えた」と彼は言いました。
しかし、自分は幸いにも、何も被害がなかったので、「同胞を何としても助けなければならない」と考えたそうです。2つ目は、「銭不用找」という言葉です。これは本書にもでてくる「921」が起きた台湾中部の南投県にあるパン屋さんの主人から聞きました。「お釣りはいらない」という意味です。このパン屋さんは、「今後3日間の売り上げは全部、3.11被災地に寄付する」という貼り紙を出しました。すると、常連の人たちがそれを見て、こぞってやってきて、チャリティー期間中は、いつもの2倍、3倍のパンを買ってくれたそうです。そして、支払いの際には、お釣りはいらない言い、「お釣りも一緒に被災地に送ってくれ」と一言付け加えて帰ったそうです。
台湾で「921」が起こったのは1999年のことです。2011年当時は、すでに12年が経過していました。しかしその時の日本の素早い対応のことは誰1人忘れていないという事でした。きっと日台双方の人々の心の中に魂として残る
――2年3カ月という長い時間をかけて、自分の足で取材されたことが、今までのお話で大変よく分かりました。しかし、この本の表紙裏には「この作品はフィクションです」と書かれています。手法として、ドキュメンタリータッチでのノンフィクションではなく、あえてフィクションを選ばれたのはなぜでしょうか。
木下 今のご指摘は取材が終盤にさしかかるころに私が一番悩んだ点です。結論から申し上げますと、いろいろな思いもあって、本書は約70%(作品の骨子となる部分)の事実(ノンフィクション)と約30%のフィクションで構成されています。フィクションの部分を入れたのには明確な理由があります。まず大前提として、かなり詳細な取材だったので、固有名詞など取材対象者に迷惑がかからないようにしたいという気持ちがありました。また、私はフィクション作家です。今まで、ドキュメンタリータッチで本を書いたことがありませんでした。一方で、私は台湾在住30年で小説を中心に執筆、台湾の新聞、雑誌にはコラムを書かせて頂いています。しかし、日本では本書が第1作目になります。台湾の義援金のことは知りたくても、はたして私の小説(フィクション)を読んでくれるのだろうかという不安もありました。
それでも、あえて小説(フィクション)にこだわったのには次の理由によります。すべてをドキュメンタリータッチのノンフィクションで書き上げれば、歴史的史実として図書館などに残り、後世においても貴重な資料となります。しかし、時間が経てば経つほど、学者や研究者以外の人々からは遠い存在になっていくような気がしました。
一方、フィクションであれば、学者や研究者の資料としては、少し不適切かも知れません。しかし、物語性を備えているので、きっと日台双方の人々の心の中に、魂として残り続けるのではないかと考えました。魂はどんなに時間が経っても風化することはありません。つまり、ノンフィクションという歴史的史実を超える、フィクションのもつ魂の力に期待したわけです。
出版社が決まると発売前に重版も決まりました
――フィクションのもつ奥深さを改めて感じました。ところで、昨年3月に出版されてからはどのような動きがありましたか。
木下 正直、書き上げてから出版にこぎつけるまでには苦労しました。私は台湾に30年以上住んでいます。時々自分でも感じるのですが、日本については浮世離れの発言さえしてしまうほど、その事情に疎くなっていたからです。もちろん、現在の日本の出版界の事情、出版社などについても、ほとんど知識がありませんでした。今回、いろいろなご縁があって、結果的に日本を代表する出版社で出版できたことを嬉しく思っています。
出版社が決まると、発売前には重版がかかり、その後も多くの方に読んで頂いております。また出版と同時に、日本のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、などあらゆるメディアから取材や問い合わせを受けました。昨年の今ごろはちょうど出版社に缶詰になって、メディアの取材を受けていたことを思い出します。(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
木下 諄一(きのした・じゅんいち)
1961年愛知県生まれ。東京経済大学卒業。商社勤務、会社経営を経て台湾に渡り、台湾観光協会発行の『台湾観光月刊』編集長を8年つとめる。2011年、中国語で執筆した小説『蒲公英之絮』(印刻文学出版社)で、外国人として初めて、第11回台北文学賞を受賞。
著書にエッセイ『随筆台湾日子』(木馬文化出版社)、『アリガト 謝謝』(講談社)など。関連記事
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