2024年12月23日( 月 )

大谷史洋氏自叙録「この道」を読み解く(5)~「逃げない」

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 約40年前、新しいことをやろうと設計事務所を立ち上げた(株)おおたに設計会長の大谷史洋氏。人々が生活する「場」となるマンションづくりを黎明期から支え、福岡のまちづくりに携わってきた。大谷氏の半生は、福岡のマンション、まちづくりの歴史でもある。大谷氏が著した自叙録「この道」(2016年6月1日発行)には、幼少期からのさまざまな出来事が、自身の言葉で綴られている。そこには、ビジネスや生き方のヒントも詰まっている。

正義を通す

大谷史洋氏(左から2人目)

 困難に直面したときに、その人の真価が問われる。会社も同じである。窮地に陥った時、経営者が問題から逃げずに正面からぶつかっていく会社は、社内の結束も堅く、困難を克服する力を発揮するものだ。

 大谷氏は、高校卒業の寄せ書きに「前進、前進、また前進」と書いた。この本でもさまざまなことに果敢に挑戦する「逃げない」姿勢が随所に読み取れる。

 高木工務店に入社して1、2カ月経った頃、現場に出るよう指示を受けた。工期の厳しい現場で、工程表からかなりの遅れが出ているらしい。現場の雰囲気も、いま1つ活気がないように思えた。

 現場に入ると、12時前なのに飯場からきた片付け人夫が2人、弁当を開いる。大谷氏は「時間内は仕事せんか」といって仕事に戻した。昼休みに人夫が呼んでいると言われ、行ってみると、2人の人夫が刃物を持って待っていた。さっきの仕返しらしい。現場に緊張が走る。「間違ったことはいうとらんやろ。時間内は仕事をちゃんとせな!」。睨み合ったまま1分ぐらい過ぎると、人夫が刃物を収めて現場に帰った。次の日の朝、前日の人夫に会ったので「今日も頑張らなばい」と声を掛けると、ニヤッと笑って「わかった」と返してきた。

 大谷氏は、逃げることなく堂々と自分の正義を通した。相手もそれを理解したのだ。その後、若い現場員が「大谷さん」と呼び出した。現場が入社間もない大谷氏を認めたのだ。

止める勇気

 逃げるとは、現実から目を背け、解決のための行動をとらないことではなかろうか。現場改善のために始めた勉強会は、SB工法という新しい方法を生み出した。実際の現場にも採用され有効性を示すこともできた。しかし、この工法の普及は、現場職人の仕事を減らすことにもなる。人手不足を解消する効果的な方法ではあるが、職人などへの影響を考えると、このまま推し進めることは難しい。

 大谷氏は、SB工法からの撤退を決断した。勉強会のメンバーには頭を下げ、SB工法からの撤退を報告し事後処理に入った。先組スチロールボイドスラブの仕事に特化して続けることにし、関係者に後を託した。また、マレーシアで無垢の建材工場も時代に合わなくなり、採算が合わない。このまま続けていけば会社が危なくなると判断、思い切って無垢の建材関係の仕事もやめた。

 商いは始めるときよりも止める時のほうが難しい。止めるほうが勇気も労力もいるからだ。迅速かつ思い切った撤退は次の機会へつながる道を開くだろう。人口減少が危惧される日本では、労働者が不足している。建築現場でも労働力不足は深刻な問題である。大谷氏たちが開発したSB工法は、これからの現場にこそ求められるのではなかろうか。

 2005(平成17)年に起きた耐震偽装問題にも、大谷氏は正面から向き合った。この事件に絡み、国交省が全国で無作為に選び、マンションのサンプル調査を実施した。おおたに設計は、過去に700棟近い設計を行っていたが、その中から耐震強度不足の疑いがあるとして1棟を指摘された。同時期に大手商社からも1棟疑いをかけられ、検討の協議が始まった。

 構造計算は数学のように答えが明確に出るものではない。自然を相手に不確定な根拠から出発するため、構造計算の結果には幅がある。国交省が認めた計算法で計算しても異なった結果が出る。なんとも不確定な分野である。

 大谷氏は、構造計算に詳しい設計士に協力を仰ぎ、国交省、商社の担当者と協議を重ねた。自分よりも力の強い者のいう事を鵜呑みにせず、自分の正義を主張した。この問題は、しばらくすると解決の方向へ向かった。結局、耐震偽装問題、結論の出ないまま2年程で終焉した。

 これまで、5回にわたって大谷氏の自序録『この道』から、経営やビジネスに役立てていただきたいと思う内容を紹介してきた。今回は紹介できなかったものもからも多くの示唆を得ることができた。ぜひ、ご一読いただきたい一冊である。

(了)
【宇野 秀史】

■応募概要
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