激動する東アジア~メディアの優劣見極め、時代の底流を見よ!(前)
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北朝鮮の核廃棄をめぐって、東アジアが激しく動いている。米朝首脳会談を控えて、金正恩が再び習近平に会い、日中韓首脳は東京で会合し、米国務長官は平壌で抑留されていた米国人3人を解放させた。注目の米朝首脳会談は、時期場所ともに依然、公表されていないが、「板門店」ではないと、トランプ自身が明らかにした。(文中敬称略)
米朝の事前交渉は米国リードで進んでいる。逆境の金正恩に援助の手を差し伸べているのが、中国の習近平だ。韓国の文在寅は、2人の手のひらのうえにいるという構図である。
世界の世論を動かすのは、研究者やメディアの力量だが、中国や北朝鮮という旧体制の亡霊に左右されやすいのも、彼らの通弊である。玉石混交のメディア情報の優劣を見極め、ロングスパンで時代の底流を見れば、物事の真相も見えて来る。板門店での南北首脳会談をめぐって、最も正確な分析をしたのは、京都大学の国際政治学者・中西寛だ。
彼は毎日新聞朝刊(4月29日)のコラム「時代の風」で、同会談を「金正恩の勝利/恐怖後の『希望』に警戒を」と論じた。主要な論点を以下に紹介する。(1)「板門店宣言」は過去に南北間で結ばれた合意を再構成したものだ。(2)非核化については、具体的な言及はなく、期限も手順も明確にされなかった。(3)米国が軍事オプションに訴えるのは、極めて困難となった。(4)今回の首脳会談は、昨年は戦争瀬戸際の恐怖を演出し、今年は元旦から平和攻勢に転じた金正恩外交の勝利と言ってよいだろう。
彼はコリア研究者の近視眼的な見方とは無縁である。来年が天安門事件30周年であることを指摘し、習近平体制がむしろ独裁体制を強化しているように、朝鮮半島が構造変化しても、それが西側の勝利となる幻想を抱いてはならないと戒めた。
板門店会談による南北コリアの融和は、自由と人権を擁護する勢力にとって逆流になる可能性を、中西は賢明にも指摘したのである。南北首脳会談の結末をめぐっては、チェンバレンの融和策が思い出される。
ヒトラーに軍拡を許した英国首相だ。「ミュンヘン協定」で戦争危機を脱したと評価されたチェンバレンを、チャーチルは「野獣に羊1匹あげても満足しない」と批判した。この論法からいえば、文在寅は金正恩に「羊100匹」を贈呈しようとしているといえる。
北の独裁者は「完全な非核化」を文言化することで、平和ムード醸成に成功した。ミュンヘン協定当時は「戦争屋」と批判されたチャーチルの警告を、いまこそレビューすべきだろう。「韓国はなぜ北朝鮮に弱いのか」(晩聲社)。現在のコリア情勢の把握にぴったりの本を2004年に書いた元朝日新聞記者がいる。田中明(故人)だ。
しかし、真実を語る記者は、朝日では不遇である。彼は退職して大学教授になった。僕は彼からコリアの読み方を教わった。「朝鮮問題は腹で考えよ」。コリア情勢と「腹で勝負する」時期に来て、その著作を再読せねばなるまい。(つづく)
<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は「忘却の引揚げ史〜泉靖一と二日市保養所」(弦書房、2017)。関連記事
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