シシリー島便り・日本人ガイド、神島えり奈氏の現地レポート~アグリジェントの神殿遺跡(後)
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2500年ほど前、人間の力で、これほど大規模な建物を、しかもこれだけたくさん造った人たちの忍耐力には、現代人からみても計り知れないパワーを感じる。今となっては数本残る柱と、石のブロックがそこここにある光景だが、遺跡のなかに立って、周りを見渡してみると、自分が抱えている悩みが、ちっぽけなことのように感じられる。
夜の神殿の姿にも惹かれる。暗闇のなかの見学は、足元に気を付けて慎重に歩く必要があるが、ライトアップされた神殿遺跡は、これまた趣がある。
この地出身の哲学者がいる。プラトン、アリストテレスにも影響を与えたとされるエンペドクレスという人物だ。エンペドクレスは哲学者でありながら、医学、音楽、政治学にも秀でていた。裕福な家の出であり、父も兄もオリンピア競技に出場したという。
当時の富裕層の男性たちは、一日あたり3kgもの肉を食べ、体を鍛えることが日課であった。均整のとれた体つきをもつものには、健全な精神が宿るとされていたのだ。優秀すぎたエンペドクレスは、やがて人々の妬みを買うようになり、一説ではエトナ山の火口に身を投げて自殺したといわれている。
繰り返されたカルタゴとギリシャの戦争、植民地同士の対立、長い歴史の間で起こった地震など、現在は単なる石のブロックが重なっているだけの場所だが、その背景は、とても奥が深い。
私の友人に、この時代にタイムスリップする体験を提供して、人々を楽しませている女性がいる。当時と同じ服装を再現し、それを着て、当時と同じ食事を食べながらギリシャ時代の世界感に浸る。面白いことを考えたものだ。
日本では歴史を小学校から少しずつ学んでいくが、シシリーでは教科書のなかの世界を実際に目で見て、肌で感じることができる。古いものが現代でも生活のなかに溶け込んでいるのだ。料理を通じて、言葉を通じて、シシリー人の体内に流れる血を通じて、古代から脈々と歴史が受け継がれていく。
日本と同様に伝統は時の流れとともに、少しずつなくなっている現実は否定できない。だけどシシリーの人たちは、良くも悪くも、自分がシシリー人であるということの誇りを絶対に失わない。
毎回、ツアーが終わると、とてつもない虚無感に襲われる。心にぽっかりと穴があいたような感覚だ。無事、すべての行程を終えた安心感と、日本の方々に「シシリーにぜひとも再訪したい」との声をかけていただき、私の使命が達成されたという満足感からくるものだろう。
しかし、人との別れはやはり寂しいものだ。もう来ることがないかもしれない日本人旅行者に「シシリーの感動が一生の想い出になりますように」と、心のなかでそんな魔法の言葉をかけながらお別れをしている。
(了)
<プロフィール>
神島 えり奈(かみしま・えりな)
2000年上智大学外国語学部ポルトガル語学科を卒業後、東京の旅行会社に就職。約2年半勤めたのち同社を退職、単身イタリアへ。2003年7月、シシリー島パレルモの旅行会社に就職、現在に至る。関連記事
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