世界で競争が激化する五感の活性化研究と日本的な『香り』のニュービジネス(中)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
そんななか、近年、DARPAが研究開発に力を入れ、すでに着実に成果を上げているのが「睡眠不要剤」である。アメリカ陸軍のヘリコプター・パイロットの間で繰り返し実験が行われている。この錠剤を飲めば、40時間を超える長時間飛行でも、肉体、精神面ともに正常な機能が保たれることが実証されたという。それどころか、集中力や判断力においては顕著な向上が見られるというから驚く。
これまではアンフェタミンをベースにした睡眠抑制剤が使われてきたが、判断ミスやフレンドリー・ファイア(味方の兵士を誤って撃ってしまう事故)を引き起こすなど、深刻な副作用が問題となっており、早期に新たな睡眠不要剤が求められていた。その意味では、この新たな発明は戦場での使用過程を経て、安全性など性能が保証されれば、近い将来、我々の日常生活を一変させる可能性を秘めている。
こうした研究の着眼点がふるっている。というのは、イルカやクジラが決して眠らないことにヒントを得ているからだ。彼らはいずれも人間と同じ哺乳類である。もし彼らが人間と同じように眠る必要があれば、海のなかでおぼれてしまうに違いない。彼らがおぼれ死なないのは、たとえ睡眠中であっても、脳の一部が常に覚醒しているからだ。
脳の一部はたしかに睡眠状態に入っているとしても、ほかの部分は常に警戒態勢になっているため、クジラもイルカも睡眠中に溺れることがないのである。彼らは交互に、脳の眠っている部分と起きている部分をスイッチ1つで交換することができるような構造をもって生まれた。この哺乳類たちの脳の構造を、人間の脳に当てはめることが可能かどうか。
現在や近未来の戦争は、コンピューターを使った情報心理戦の側面が強くなると言われている。戦場の現場でも、24時間常に神経を覚醒させていなければ、敵との戦いに勝てない。そのため、人間の脳の一部だけを睡眠させ、ほかの部分は常に警戒態勢にあるような、いわば「睡眠を必要としない兵士をいかにして生み出すか」が、緊急の課題になっているわけだ。
通常、我々は一晩の徹夜でも次の日には神経が相当参ってしまう。ましてや2日、3日と徹夜を続ければ、まともな判断力は失われてしまうだろう。しかし、戦争という極限状態で判断力を失わず戦い続けるという厳しい使命を帯びている兵士たちにとっては、このような睡眠不要剤は願ってもない味方となり得る。
もちろん、このような睡眠不要剤が一般のマーケットに出回ることも、近い将来あり得るに違いない。いずれの人体機能強化薬も戦争やビジネスの現場で我々の能力をこれまで以上に飛躍的に高めることにはなる。だが将来的に何らかの副作用が発生しないのかどうか、大いに気になる点ではある。開発担当者は「そのための対策も講じられている」とはいうものの、「どこまで安全か」と問われれば、現在では確たる保証は得られていない。
これほどまでに、アメリカでは軍事目的の研究開発が民生技術をリードするケースが多くなっている。何しろ、国家予算のほぼ半分を国防予算が占めているお国柄。毎年、国防総省で開催される「軍民技術フェア」には、世界中から投資家やベンチャー起業家が集まる。彼らの狙いは、本来、軍事目的で研究開発が始まった技術のなかから民生応用の効きそうなものをいち早く見出すことにある。
なぜなら、交渉次第で気に入った技術の使用権を国防総省から譲り受けることができるからだ。こうしたプロセスを経て、国家予算を投じて始まった技術開発が民間企業に移転し、新たな商品開発や新規事業となった事例は数多い。いかにも「開かれた情報開示の国」らしい戦略といえよう。
筆者も何度か参加する機会があった。今でも鮮明に覚えているのは古タイヤから新たな軍服をつくる技術である。しかも、身にまとうと害虫や毒蛇などを寄せ付けないということに驚かされた。ほかにも、絶滅の危機に瀕している自然界の草花や樹木の香りを人工的に再生する技術も注目株であった。
実際、日本の大手食品製薬メーカーがフランスの大手香水メーカーと協力し、DARPAの基礎研究を基に商品開発に乗り出している。ほかにも、さまざまな病原菌を強化した嗅覚で素早く察知し、感染を未然に防ぐ技術にも感心させられたものである。国家予算のほぼ半分を受け取っている国防総省であるが、軍事目的での開発から民間ビジネスへの技術移転にも積極的に取り組んでいる現場の一端に触れることができた。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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