2024年05月20日( 月 )

逢いたい人に会えない憂鬱(前)

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大さんのシニアリポート第116回

 とうとう根負けして「芋煮会」を開催することになった。コロナ禍中、ソーシャルディスタンスを守り、マスク、手洗い、小声での会話、アクリル板、マイクの消毒…。必要なものは何でも手がけた。ところが人気のカラオケの機械が突然故障してしまう。「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連客のモチベーションが一気に急降下。「何かイベントをヤレ!」の大合唱が起きた。3年もの長きにわたるストレスがたまりにたまり、爆発寸前。「感染」という杞憂は残るものの、後戻りはできない。旨い芋煮をつくることができる妻を口説かなくてはならない。アア…。

サロン幸福亭ぐるり 芋煮会     家のなかにいたくない。外に出てもコロナが怖い。孫に会いたいがコロナ禍で会う機会がない。実際、「ぽかぽか広場(子ども食堂)」の利用者のなかには、子どもが学校で罹患、当然両親も罹患するというケースが続出した。この地域にも確実にコロナ罹患者が急増している。幸い「ぐるり」の常連客にコロナ罹患者はゼロである。健康だからこそ、孫にも気の合う人にも逢いたいと思う気持ちは募るばかりだ。逢いたい人に会えないほど辛いことはないだろう。

 同じようなことが私自身にも起きた。今春、プチ断捨離をしていたとき、押し入れの奥から探しに探していたモノが突然見つかった。オープンリールテープである。テープの箱には「1966年7月 早大闘争総括 第一文学部国史専修4年」とある。1ケ月前にビートルズが来日し、日本中の若者を熱狂させた年だ。

 3年生のとき、「学費・学館闘争」と称した学生運動が勃発した。ノンポリに毛が生えた程度のわがクラスも闘争に参加した。大学を完全封鎖。いたるところに各党派の「立て看板」が並び、総長を糾弾する大衆団交や構内でのフランスデモなども繰り広げられた。我々がバリケード封鎖した本部を、体育系の選手(サッカー部の釜本邦茂など)が急襲するという異常事態も経験した。

 翌年、大学側が機動隊を導入したあたりから闘争にも陰りが見え始める。フォークソング『「いちご白書」をもう一度』(歌:バンバン)に出てくる歌詞のように、クラスメートの多くが就職活動に移行する。この際、クラスとして各自の闘争総括をすべきという声が挙がり、西武新宿線沼袋駅近くにあったHのアパートで開いた。参加者は14人。3時間にわたった総括のすべてを私が持ち込んだオープンリールデッキで録音した。そのテープが発見されたのだ。

オープンリール    現在オープンリールデッキは手元にはない。リプリントしてくれる会社にテープを持ち込み、CDに焼き直してもらう。3時間のテープのリプリント代は結構な値段になった。私が個人的に聞く分にはいいのだが、できれば闘争に参加した当時のクラスメートと一緒に聞きたい、いや聞くべきだという気持ちが湧いた。参加者14人のうち3人が死去し、半数が闘病生活を送っている。チャンスは今しかないのだが、コロナ禍、各地に散らばるクラスメートを東京に集めるにはハードルが高すぎた。

 静岡県函南町にいる親友のHは、大のクラス会好き。これまでのクラス会はHが幹事となった(実質的には大山が仕切る)。Hは7年ほど前にリンパ節癌を発症した。頼りにしている青森のEも、心臓の病に苦しむ。とにかく時間がない。「CDを持参したい」とHとEにも連絡を取った。本人は乗り気なのだが、両人の妻が大反対なのである。追い打ちがきた。先月、Hの妻から「H急死」の一報がもたらされた。万事休すである。親友が去り、青春時代の息づかいを生々しく綴じ込めたCDだけが残された。

 実は青森のEの場合、「妻が介護施設で働いている」という事情も加味されての拒否だった。青森ではとくに他県からの流入に神経質なのだとEはいった。もし私が感染者でEやEの妻にもし感染させたら…、という危惧が働いているということを隠さない。Eの妻が感染したら一定期間介護施設で働くことはできなくなる。介護職員がギリギリの状態で運営している施設だという。職場に迷惑をかけることを恐れていた。その介護施設では、私が連絡した時点でも利用者の家族の面会はできていなかった。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第115回・後)
(第116回・後)

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