2024年05月13日( 月 )

「心」の雑学(3)選択しているようでさせられている

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日常におけるたしかさとは

選択 イメージ    今日はどんな服装にしよう、車はどの車種に買い替えしよう―我々の生活は、大小さまざまな選択の機会で溢れている。前回は「選択するとは何か」という選択の本質に関する話をしたが、今回はまた別の観点から選択について掘り下げていきたい。

 選択とは比較することであり、そして選択肢があまりにも多くなると、ときに人は選ぶことが困難になってしまう「選択のオーバロード」という現象を紹介した。普段は何気なく行っている選択も、本来は非常に労力を必要とする行動だといえる。逆にいえば、それだけの時間やエネルギーをかけているのだから、その選択に対しては自分なりの根拠や理由、あるいは確信が常にともなうといえるかもしれない。しかし、それは本当だろうか。今回は、その確信の不確かさについて見ていくことにしよう。

人は意外と変化に気づけない

 選択の話をする前に、まず人間の注意に関する研究を1つ紹介したい。人の視覚的な注意において、見ている景色の一部が突然切り替わっても、人はなかなかその変化に気づくことができない、Change Blindness(変化盲)と呼ばれる現象がある。これは、かつて日本のテレビ番組などで取り上げられていた「アハ体験」とよく似ているので、心あたりがある方もいるかもしれない。花や建物のような風景の一部の変化だけでなく、ときには映像のなかの人物が別人に変わってしまっても、人はその変化に気づけなかったという報告もある。

 しかしながら、こういった現象を扱った研究では、PCの画面上の映像などの視覚的な演出を通して、その変化を検討していることが多い。それゆえ、この変化盲の現象もあくまで実験室での出来事であり、実際の日常生活のなかでは起こらないものと考えることもできるだろう。

 そこでSimonsとLevinは、現実場面でこの変化盲の現象は起こり得るのかを検討した1。具体的には、大学のキャンパスを歩いている人々に道案内を依頼し、その道なかで変化盲が生じるかを調べている。実験には2名の協力者(それぞれAとBとしよう)がおり、2人は着ている服装や身長(5cm程度)、声質などが異なっている。まずAが通行人(実験参加者)に話しかけ、近くの建物までの道案内を依頼する。そして案内が始まると、その途中でAと実験参加者の間に、人が隠れるようなサイズの扉を運んでいる2人が割り込んで通り過ぎていく。実はこのとき、看板を運んでいる2人の片方がBであり、実験参加者の前をこの扉がさえぎっている間に、こっそりとAとBの2人が入れ替わるのである。そして、実験参加者がAからBに話し相手が変わっても、気づくことなく道案内を続けるかどうかを確認した。

 実験の最後に、扉が通り過ぎたときに何か異常があったかを尋ね、変化に気づいていなかった人には、途中で人が入れ替わったことに気づいたかをさらに尋ねた。この研究では前述の方法を用いた2つの実験を行っているのだが、驚くことにどちらの実験も途中で人が入れ替わったことに気づけた人は、全参加者の50%未満だったのである(2つ目の実験に関してはなんと33%であった)2。目の前にいた人間が、双子やそっくりさんというわけでもない、さらには着ている服まで違うまったくの他人に変わってしまっても、意外と人は気づけないものなのだ。もちろん、このような状況は現実場面でそうそう起こることではないのだが、この研究から我々は、わりと世界を曖昧に認識して生きていることがわかる。事故や事件の目撃者に関する研究3などでも、証言や記憶の不正確さが報告されていることも考慮すると、示唆に富む事例だろう。

理由は後からやってくる?

 さて、ここでようやく本題である選択の話に戻ることにしよう。変化盲のように、あなたが選んだと思ったものが、実はまったく別のものだったらどうだろう?あなたはそれに気づけるだろうか。

 この疑問に取り組んだのがJohansonらの研究である4。彼らの研究もまた、変化盲のようなトリックを用いた巧みな検証を行っている。この実験では、女性の顔写真を2枚でペアにして参加者に見せ(たとえばAとBの2人の女性)、実験参加者はより魅力的な顔の方を選択する(たとえばBを選ぶ)。これを数十回と繰り返していくのだが、実験全体のなかで6回ほど、選んだ写真を手渡され、なぜその選択をしたのか説明を求められるときがある。実はこのうちの3回は手品のような技術を使って、一瞬のうちに選択した顔と選択しなかった顔の写真が入れ替わって実験参加者に渡される(たとえばBを選んだのにAの写真が渡される)。変化盲の研究同様に、人は自分の選択が入れ替わってしまったことに気づけるのか。そして、もし気づかないとしたら、参加者はその選択について何を説明するのだろうか。

 実験の結果、選択肢が入れ替わったことに気づいた人は、全体の50%程度しかいなかった。この実験では、写真を選択する時間も2秒、5秒、無制限というかたちで操作されており、無制限の場合のほうが気づく人の割合は高まるのだが、それでも40%程度の人は変化に気づくことができなかった。

 そして、ペアになった写真の類似度も操作していたが、似ていない写真ペアの場合でも気づきやすくなることはなかった。この説明課題の試行回数でいうと、全参加者の合計で354回あったすり替えられた選択の説明のなかで、46回(13%)しか明確に気づいた報告はなかったという。これはなかなかに衝撃的な結果ではないだろうか。

 選択のすり替えに気づかなかった人は、そのまま自分がなぜその顔を選んだのかという矛盾した状況の説明をしていたことになる。このときの選択の意図や理由の説明を分析したところ、意図通りの選択をした場合とすり替えられた選択の場合で、基本的に説明の内容の質的な差はみられなかったことが報告されている5。つまり、人は自分の選択の内容が変化していても気づくことができず、そのうえその虚構の選択についての説明を難なくこなしてしまうことがあるのだ。この研究で明らかにされた、選択の変化に気づけない現象はChoice Blindness(選択盲)と呼ばれている。

 これらの話に、ショックを受けた人もいるかもしれない。しかし、残念ながら人間は目の前のあらゆる情報やプロセスに対して、常に注意を払って生きていくことはできないのである。逆に普段の生活を送ることは、そのくらいの曖昧な認識でもうまくいくということだ。日常の枠組みに溶け込んでしまえば、こんなに大きな変化にも気づけないのだから、髪型や服装が変わったことに気づけなくても、あまり怒らないでいただきたい。

 そして、選択に自信を喪失する必要もない。どんな選択であれ、ある程度は理由をつくれてしまうのだから、ときに我々は意図や理由といったものに過剰に縛られなくてもいいのかもしれない。気楽な選択と慎重な選択で、うまく場面のメリハリをつけて、柔軟な心で選ぶということと付き合いたいものである。

1.Simons, D. J. & Levin, D.T. (1998). Failure to detect changes to people during a real-world interaction, Psychonomic Bulletin & Review, 5, 644-649. ^

2.本題とは逸れるが、変化に気づけた人は実験協力者のAやBに近い年齢の人であり、入れ替わった2人の属性との共通点があるかどうかが大事ということもわかっている。^

3.たとえば、Steblay, N, M. (1997). Social Influence in Eyewitness Recall: A Meta-Analytic Review of Lineup Instruction Effects. Law and Human Behavior, 21(3), 283–297.^

4.Johansson, P., et al. (2005). Failure to Detect Mismatches Between Intention and Outcome in a Simple Decision Task. Science, 310,116-119.^

5.詳細に発言内容を調べると、すり替えられた選択の場合には、すり替えられた写真の方の特徴について言及する即席の説明(本来の自分の意図とは明らかに異なるため)や、すり替えられた目の前の写真には存在しない本来の選択肢側の写真の特徴について語るといった、現実と発言内容に矛盾が生じているようなケースも報告されている。^


<プロフィール>
須藤 竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州オープンユニバーシティ研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。

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