2024年05月20日( 月 )

【小売こぼれ話】小売が人的サービス業でなくなる日

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様変わりするレジ係の存在意義

レジ自動化 イメージ    レジ自動化の背景には、人手不足と人件費の高騰を見越した備えがある。そもそも、レジ業務は付加価値を直接生産しない。原材料を加工し、販売する商品を店頭に並べるといった利益の生産がないということだ。だから、その部分の人件費の高騰は店にとって小さくない影響をもつ。

 その昔、レジは店の要でもあった。レジにはスキャナーとともにサッカーと呼ばれる精算後の商品を袋詰めしてくれる係がいて、そこでの会話を楽しみに来店するお客も少なくなかった。この光景は日米共通で、名前や好みなどの個人情報を店と共有することで、より良いサービスの実現にも役立てていた。

 レジはお客と店の関係構築の場であり、店の印象をも決めかねない重要な部門だった。それだけにその教育や業界団体による全国的なコンテストが行われ、それにエネルギーを注ぐ企業も多かった。それがいつの間にか姿を変え、今や一斉に機械がその業務を担おうとしている。レジ係はその業務を監視する。もちろん彼らが監視するのはレジ機とその操作だけではない。お客の監視も兼ねているのだ。お客に商品バーコードのスキャンをさせるということはその行為が正確に行われ、そこに不正の発生がないようにチェックしなければならないということだ。

レジ自動化の意外な落とし穴

 アメリカで今、設置した自動レジを廃止するという事例が増えている。理由は万引きの増加だ。その増加は自動化によるコストメリットをはるかに上回るという事実が発生したからだ。

 我が国は、世界でも安全で正直な国民性といわれる。しかし、完全にお客の手に購入・精算のすべてを任せるとき、それがそのままスムーズに、問題なく完結するかというとそうでもない。

 たとえば意図しないスキャンミス。お客はスキャンしたつもりでも実際はスキャナーが読み取っていないという場合、係がそれを不正と決めてお客に問いただすことは容易ではない。なかには集団で係のスキを突いて不正に走る例も発生するだろう。そんなことが積み重なるとその問題は小さくない。そうしたトラブルの連発でレジの自動化を見直し始めたのがアメリカなのだろう。

 ユニクロのように、お客が価格をスキャンすることなく、商品を精算台に置いた時点で全商品を一括計算するシステムならまだしも、ダイソーのように個別スキャンから支払いまですべてお客に実行させるケースでは不正発生によるロスの増大は許容範囲を大きく超えるはずだ。売り場の商品説明はデジタル画面、レジは自動スキャンとなればその小売業はもはやサービス業ではない。正確にはセルフサービス業だ。

時代の変化でお客が神からモンスターへ

 その昔、お客さまは「神様」だった。しかし今やそれは死語になり、代わって「モンスター」という言葉が定着する。お客があるときから突然モンスターに変化したかというとそうではない。理不尽なクレームをつけるお客は、昔も今も変わらず存在していたのだ。それがモンスターといわれるようになったのは、それを受ける側、つまり従業員の耐性が弱くなったこととSNSによる拡散がある。

 新入社員研修も同じだ。昔は自衛隊体験入隊や長時間の地獄の特訓なるものが存在したが、現代でそれを実施すると社会的批判の的になる。第一、今の若者はそれに耐えられない。実際厳しい訓練を実施すると、過呼吸者が続出し、ハラスメントや人権という言葉で訓練の場が糾弾される。さらに、SNSによる匿名、作為、誤解が加わる現代社会は以前とはまったく別な世界を生み出している。加えて生成AIといわれる人工知能が、人のそれを追い越す日がやって来ることを誰もが予想する。

 買い物が楽しく、人間臭い「狩り的」なものから「給餌的」となる転換期を我々は今、経験しているのかもしれない。過去の経験から、いささかの抵抗を感じる年代に代わって、生まれた時からパソコン、スマホのなかで育った世代はこんな変化を抵抗なく受け容れ、やがて「人のいない店」が当たり前になるのだろう。

価格高騰の影響で売り場も変化

 そんな売り場に今、さらなる変化が訪れる。それは価格高騰だ。たとえば鮮魚は気候変動や過剰漁獲、藻場の消失、就労者の減少などで漁獲量が減り、それにともない、価格が高騰している。刺身一切れ当たりを例にとると、以前は5切れ350円程度だったものが今では450円という具合だ。

 野菜や果物も同じ理由で価格が高騰している。どんな商品にも値ごろ感というものがある。いつも買うものがあるときから30%前後、急に値上がりすると、大多数のお客にとっては気軽に手が出せないものになる。

 そんな商品を店が値ごろな価格に戻すには、サイズなどの質を落とすか、数量を少なくすることになる。当然、買う気をそそる商品にはならない。お客はますます手を出さなくなる。そうなると工場で集中して作業し、それをまとめて長期保存できる製品に仕上げて、ロスなく、効率良く全国に届けることができる冷凍食品が生鮮代替品になるのだろう。事実、冷凍食品の品質と、お客からの支持は上昇を続けている。

 レジだけでなく、売り場にも小さくない変化が流れ始めているのだ。リアルがオンライン化するという現象かもしれない。十年一昔という。それが三度重なるとその昔は大昔ということになる。

【神戸 彲】

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