「コンビニの生みの親」が退場、セブン&アイHDの内紛劇~鈴木会長が晩節を汚した世襲とガバナンス(企業統治)の問題
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賛成7票、反対6票、白票2票――。(株)セブン&アイ・ホールディングス(HD)が4月7日に開いた取締役会で、鈴木敏文会長兼最高経営責任者(CEO、83)が主導した子会社(株)セブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長(58)を退任させ、古屋一樹副社長(66)を昇格させる案の採決結果である。人事案は過半の賛成を得ることが成立の条件だったため、否決となった。「人事案が否決された責任がある」として鈴木氏は同日、引退を表明した。「コンビニエンスストアの生みの親」であるカリスマ経営者は、経営の第一線から去ることになった。
世襲問題で創業家と対立
セブン&アイの内紛劇には2つの対立があった。1つは鈴木敏文会長=鈴木康弘取締役(51)の親子の世襲を巡る創業家の伊藤家との対立。2つはコーポレート・カバナンス(企業統治)を巡る社外取締役との対立である。
鈴木会長は退任会見で、「井阪隆一セブン-イレブン・ジャパン社長の解任案に対し、なぜか、伊藤雅俊・名誉会長(91)が反対に回った。今まで伊藤家とは良好な関係にあったが、ここに来て急に変わった」と語った。辞任する理由は、創業家である伊藤家との対立にあるという。
取締役会は、鈴木会長、村田紀敏社長兼最高執行責任者(COO、72)、井阪氏のほか、伊藤名誉会長の次男順朗氏(58)、鈴木氏の次男の康弘氏ら社内取締役11人と社外取締役4人で構成されている。
人事案には、井阪氏と順朗氏、社外取締役の4人が反対したと見られる。ほかに社内取締役2人が白票を投じたため、鈴木氏の思惑が外れた。鈴木氏は6人の反対は読んでいたが、2人の白票は想定外だったようだ。白票を投じた2人は、伊藤名誉会長に近い役員だろう。創業家である伊藤家との対立は、鈴木氏の次男、康弘氏への世襲人事にある。
世襲問題に火をつけたのは、米投資ファンドのサード・ポイントだった。「物言う株主」として知られるダニエル・ローブ氏は3月27日付の書簡で、「井阪氏の社長職を解く噂を耳にしたが降格は理解できない。鈴木会長は、次男の康弘氏をセブン-イレブン・ジャパン社長、最終的にはセブン&アイ・ホールディングスの社長に指名しようとしている可能性があると投資家の間で懸念されている」と指摘した。
これまで水面下で語られていた世襲問題が一気に噴出した。鈴木会長が次男を取締役に大抜擢
15年5月28日に開催されたセブン&アイHDの定時株主総会で、鈴木会長の次男である鈴木康弘執行役が取締役に昇格した。
康弘氏の取締役昇格は、敏文会長が康弘氏を後継者にすることを社内外に宣言したものと受け止められた。康弘氏は1987年、武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部電気工学科卒業後、富士通にシステムエンジニアとして入社。96年、ソフトバンクに転職。99年8月、書籍のネット通販会社、イー・ショッピング・ブックスを設立して社長に就任。09年12月にセブン&アイの傘下に入り、セブンネットショッピングに社名変更した。
康弘氏が破格の大出世を遂げるのは14年3月から。中間持ち株会社のセブン&アイ・ネットメディアが子会社のセブンネットショッピングを吸収合併。吸収された康弘氏は吸収したセブン&アイ・ネットメディアの社長に就任、セブン&アイHDの執行役員に昇格した。
セブン&アイの孫会社の社長にすぎなかった康弘氏は、子会社の社長に格上げになり、本体の執行役員に名を連ねた。さらに14年12月、康弘氏のために新設された最高情報責任者(CIO)に就いた。そして、セブン&アイの取締役に昇格だ。経営中枢のボート入りを果たした康弘氏の肩書は、取締役執行役員最高情報責任者(CIO)。鈴木会長の最高経営責任者(CEO)、村田社長の最高執行責任者(COO)、後藤克弘・常務執行役員最高管理責任者(CAO、62)、高橋邦夫・執行役員最高財務責任者(CFO、65)に次ぐ序列5位のポストだ。わずか1年余で三段跳びの異例な大抜擢である。
これに対して、伊藤名誉会長の次男、順朗氏は取締役執行役員CSR(企業の社会的責任)統括部シニアオフィサーの肩書きをもつが、経営中枢のポストではない。次男はオムニチャネル戦略の総司令官
鈴木会長は「ネットを制するものがリアルを制する」が持論である。インターネット通販と実店舗を融合させるオムニチャネル戦略を推進する。オムニチャネルとは、スマートフォン(スマホ)の普及を背景に、ネットやカタログ、実店舗などあらゆる販路を組み合わせて、いつでもどこでも買い物ができるようにすること。最近では、さまざまな企業が新たな戦略として掲げている。
ソフトバンクからセブンネットショッピングなど、一貫してIT分野に携わってきた康弘氏が、セブングループが総力をあげて取り組むオムニチャネル戦略の総指揮官を担う。
オムニチャネル戦略は準備に数年かけて15年秋から本格的な展開をはじめた。オムニチャネル事業は、「売り上げ1兆円」が目標だ。オムニチャネル事業で売り上げ1兆円達成を実績に、敏文氏の後継者として康弘氏が社長に昇格させるというのがシナリオと見られた。
鈴木会長が息子への世襲がはっきりしたことで、創業家の伊藤家との衝突は避けられないとの観測が広がった。伊藤家の資産管理会社、伊藤興業はセブン&アイの発行済み株式の7.77%を保有する筆頭株主。伊藤雅俊氏個人も1.90%を保有する第5位の大株主だ。
超ワンマンの鈴木氏とはいえ、伊藤家には遠慮がある。これまで康弘氏の処遇には慎重だった。ここにきて康弘氏への世襲を露骨に示したのは、80歳を超えた焦りかもしれない。鈴木氏はオムニチャネルに消極的な事業会社のトップを粛清してきた。(株)イトーヨーカ堂では今年1月、生え抜きのエースといわれた戸井和久社長(61)から前の社長だった亀井淳顧問(71)に交代した。セブン-イレブンの井阪社長の交代にこだわったのは、井阪氏がオムニチャネルに冷ややかな言葉を口にしてきたからだ。
グループの人事は、鈴木会長の“鶴の一声”で決まった。異議を唱える役員は一人もいなかった。井阪社長の更迭も、スンナリ通るハズだった。しかし、セブン&アイの取締役会は、鈴木会長の意見を「御意」と承る役員ばかりではなった。社外取締役が異議申し立て
2015年はコーポレート・カバナンス(企業統治)元年といわれた。執行役から独立した社外取締役を複数選任することが義務づけられた。鈴木会長は、独立社外取締役の意味を理解していなかったようだ。それまでの社外取締役は、鈴木会長と親しい人物で、鈴木氏に楯突くことは考えられなかった。だが、独立社外取締役に、鈴木会長のご威光は届かなかった。
【セブン&アイHDの社外取締役】
スコット・トレーバー・デイヴィス(55) 立教大学経営学部教授
月尾嘉男(73) 元・東京大学大学院教授
伊藤邦雄(64) 一橋大学大学院特任教授
米村敏朗(64) 元・警視総監3月に指名・報酬委員会が発足した。取締役選任の客観性や透明性を高めるコーポレート・カバナンスの一環で、企業トップに都合のよい人事がはびこらないようにチェックする。メンバーは4人。委員長は社外取締役の伊藤邦雄氏、委員は社外取締役の米村敏朗氏、社内取締役の鈴木会長と村田社長。鈴木氏は井阪氏の社長交代を諮った。
社外取締役の伊藤氏と米村氏は「セブン-イレブンは好業績が続いている」と鈴木氏の人事案に反対した。数回、人事案を議論したが、2対2で割れ、結論が出なかった。
指名・報酬委員会で決めた人事を取締役会で諮るのがルールだ。結論が出なかったからには人事案は凍結されるハズ。ところが、鈴木氏は強行突破を図る。鈴木氏は、取締役会に人事案を提出した。
結果的に、人事案は過半数に達せず、否決されたが、鈴木氏の行動はカバナンスのルールを無視したものと言わざるを得ない。自分の意見は、押し通せるという過信に基づくもので、独立社外取締役を導入した意味を理解していなかった。欧米では社外取締役がCEOを解任できる。皮肉にも、鈴木敏文氏は、社外取締役から解任されことと同じ結果になった。「コンビニの生みの親」であるカリスマ経営者は晩節を汚した。
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