同族経営からグローバル経営に転換~武田薬品工業・長谷川閑史氏(前)
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創業家が健在な老舗企業で、非世襲のトップは経営改革を断行できるか。製薬最大手、武田薬品工業(株)は、老舗の経営改革の実験場だった。同族経営からグローバル経営への転換。その重責を担った長谷川閑史(やすちか)氏(71)の退任が決まった。同族経営を貫いてきた老舗のトップに、非同族が就くことの視点から、長谷川氏の突破力を検証してみよう。
経営リスクを取れる経営者だ
製薬国内最大手、武田薬品工業は4月13日、長谷川閑史会長が6月下旬に退任すると発表した。長谷川氏は同族経営の「タケダ」を世界の「TAKEDA」に変革させようとした。海外同業の大型買収や、武田薬品初となる外国人社長を招くなどグローバル経営を導入したが、世界市場では10位前後という位置付けは変わっていない。
長谷川氏の経営者としての評価は、決して高いとは言えない。「(海外大型買収で)2兆円をドブに捨てた男」「(外国人社長を招き)武田薬品を外資に売り渡す男」と評価は散々だ。好意的な論評でも「2兆円の大型M&A(合併・買収)は収穫が道半ば」となる。
しかし、グローバル経営への転換が一朝一夕にできるものではあるまい。果敢に挑戦する突破力を評価したい。長谷川氏の特質は、日本人経営者には珍しく、経営リスクを取れる点にある。
創業家の異端児が長谷川氏を大抜擢
長谷川氏を武田薬品工業の社長に大抜擢したのは、武田一族の異端児、武田國男氏である。
1781年(天明元年)創業の武田薬品は代々、武田家の当主が社長をつとめ武田長兵衛を襲名してきた。武田家では、跡取りは生まれながらにして長男と決められている。7代目当主を襲名する予定だった長兄・彰郎氏が急逝。王位継承のシナリオが崩れたため、落ちこぼれと称していた三男の國男氏が、1993年6月社長に就任した。老舗の大店の店主は神輿に乗っていればいい。経営は番頭が行うのが、慣例になっていたが、國男氏は神輿から、突然降りた。「ええ格好しい」が大嫌いだという國男氏は日和見主義の取り巻きを「ゴマのすり兵衛」とばかりに全部飛ばした。「独裁者」「バカ殿」と言われながらも大企業病に陥っていた武田薬品の大改革に乗り出した。一族の異端児、國男氏は武田薬品を世界的なブランド企業に再生させた。
その國男氏は「武田家の社長は私が最後」と言い残して社長を退いた。2003年6月、後任社長に長谷川閑史氏を大抜擢した。長谷川氏を選んだ理由として「派閥の意識がないこと」を挙げた。海での生活が長く、人間関係のしがらみがない点を買ったわけだ。
突破力が育まれた中・高校の下宿生活
長谷川閑史氏は1946年6月19日、山口県日置(へき)町(現・長門市)に生まれた団塊の世代。九州大学医学部を出て医者をしていた父の強い意向で、福岡県の名門校である福岡県立修猷館高校に進むために越境。中学時代から福岡市で、5歳年上の兄と下宿生活をした。掃除や洗濯など身の回りのことは、すべて自分でやった。長谷川氏は、「NIKKEI STYLE」(2016年10月24日付)のインタビューで、外国人を後任社長に据えるなどとらわれない大胆な経営改革を進めてきた思考や行動は、修猷館時代にあったと語っている。
〈修猷館に入ってからも相変わらず下宿暮らしでしたが、中学時代と違って賄い付きではなかったので、朝昼晩とも外食でした。その分、大変さが増しましたが、捨てる神あれば、拾う神あり。顔見知りになった近所の駄菓子屋のおばちゃんが、こちらの窮状を見かねたのか、時々、ご飯を食べさせてくれたり、差し入れしてくれたりして、とても助かりました。
ビジネスで大変なことがあっても、最後は何とかなるという、楽観的というか、たくましい思考が持てたのも、元をたどれば、高校時代の経験にいきつくのかもしれません。〉一浪して、早稲田大学政経学部に合格。学生運動の拠点だった早稲田は学園紛争の真っ只中で、授業がない日が続いた。早稲田で勉強した記憶はほとんどない。
1970年、武田薬品工業に入社。長谷川氏の経営者としての資質は海外勤務で養われた。40歳から、つごう13年、ドイツと米国で働いた。ドイツに3年、米国に10年である。
〈その時(引用者注:海外勤務時代)は、見知らぬ土地で、周りに誰も頼れる大人がいない中で、自分で何とかしなくてはと懸命に考えたり悩んだりしながら寄宿生活した修猷館時代が生きたと思いました。〉(同上)
日本に戻ってきた長谷川氏は「宇宙人」と言われた。物の考え方、行動はすべて欧米流だ。論理的思考力が海外勤務で身が付いた。欧米では、ロジカルに説明できないと、組織も人も、まったく動かない。以心伝心を重んじる日本の企業文化とは異質だ。武田一族の異端児である武田國男氏は「製薬会社で最初の日本発の世界企業になる」ために、「宇宙人」の突破力に賭けたのである。
(つづく)
※本記事は5月1日にNETIB-NEWSで掲載したものです。
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