支配・侵略の6000年の歴史の変遷~イタリア・シシリー島(5)
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前回、シリーズ(4)で紹介した日本人ガイド神島えり奈氏の現地レポートを掲載する。今後、月1回のペースで神島氏の記事を掲載する予定だ。
シシリー島に惹かれてしまった私(前)
2000年3月に上智大学外国語学部ポルトガル語学科を卒業後、東京で某旅行会社に就職した。しかし、2年半後に退職し、海外で短期生活をすることに決めた。行き先はイタリア、あこがれのフランスも捨てがたかったが、イタリア語のほうが言葉の発音がしやすかったのが、その理由である。
ロ-マで生活を始めた当初、まさかイタリアに生涯根を下ろすことになるとは、想像もしていなかった。イタリア語学校に通ってはいたものの、流暢に話せるレベルではなかった。それでも2003年7月、シシリー島のパレルモにある、日本人観光客を多く扱う、地元旅行手配会社から声がかかった。27歳の夏、やる気に満ちて降り立ったパレルモ空港は、まさに灼熱の太陽の地だった。
パレルモには仕事ですでに2回ほどきたことはあったが、良い印象をもったことはなかった。街中に響く騒々しいクラクションと、全身を舐め回すような人々からの目線、たくさんのゴミと自動車からたちこめる排気ガスに気だるさが増した。それでも、海外生活が初めてだったこともあり、見るものすべてが新鮮に映った。住まいは会社の近くにワンル-ㇺマンションを借り、通勤は徒歩だった。
15年前、この島で日本人は大変珍しく、人々は遠い異国の地からきた私に興味津々だった。「日本には着物を着た人ばかり歩いているのか」「サムライは今でも生きているのか」「日本は中国の中のどのあたりに位置するのか」などという具合だ。今ほどインタ-ネットが発達していなかった当時、日本という国があまり知られていないことを実感させられた。そんな地に私が今日に至るまで住めているのは、やはり、この島の人々のおかげだと思う。
イタリアは、ガリバルディが1860年に統一して以降、わずか160年近くしか経っていない。だから、今なお地域性、土着精神が大変強い国だ。シシリー人は自分たちをイタリア人とは言わず“シシリーノ”(シシリー人)という。それは言語にも強く表れている。日本語のように誰もが話す標準語というものがないとも言い切れるくらいだ。
トスカーナへ行っても、ミラノへ行っても、その地方ならではのアクセントが必ずある。たとえイタリア語を話したとしても、そのアクセントから、おおよそどこの街の出身かが想像つく。シシリー島の方言もまた奥が深い。長い歴史のなかで数々の支配を経て、シシリーの方言には、フランス語に似たもの、スペイン語に似たもの、ポルトガル語に似たもの、とバラエティーに富んでいる。
また北イタリアの人に比べて、ジェスチャーの種類が多く、動作が大きいのも特徴だ。一説では時代ごとに代わる支配によって言葉が通じなかったため、やむを得ず、身振り手振りの表現でコミュニケーションをとるようになったという。実証されているわけではないが、真実味のある話ではないだろうか。そんな島にきた私は、まだ片言のイタリア語とほとんど通じない英語で何とか生活を始めた。
市バスの中や道路を歩いていて突然、「今何時?」「(タバコを吸いたいから)ライタ-持っている?」赤の他人から声をかけられた。驚くのは、どこからどう見ても外国人の私に道を尋ねてくることだ。外国人にそれほど抵抗がないのも、彼らの体の中に流れる数々の人種が混ざっている血が関係しているのだろうか。
生活をする内に少しずつ習得していった私のイタリア語は、すっかりパレルモ訛りが染みついてしまった。最初のうちは、とくに電話のやりとりに困った。話す相手は顔を見ていないため、私が聞き返すと、同じことを何度も繰り返していうことに嫌気がさしたような対応をされた。
シシリー島内でも、それぞれの地方、街、村で独自の方言を使うため、田舎の村の広場で70代の年金暮らしの男性たちが話をしているのに耳を傾けても言っていることがまったく理解できないことが多々ある。しかし、その街のアクセントで話せるようになると、まるで自分もその街の住民、その街の生まれであるかのような錯覚に陥る。その感覚がどことなく心地よく、少し恥じらいはあっても、シシリー人のアイデンティティに共感できるようになった。
情が大変強いシシリー人は、男女問わず、人間関係が蜜である。家族、親戚関係から友人関係まで、一度その輪の中に入ると他人でも家族以上の待遇をされる。しかし、裏切り行為をした際は一生その輪の中には戻れない。そういう世界なのだ。
隣の人が何をしているのか、どんな人なのかまったく関心もなかった東京での生活から一転、濃い人間関係へと環境が変化して多少、戸惑いはあったが、自分は「1人ぼっちだ」という孤独感は感じられない毎日だった。義理人情に厚い性格は、マフィア組織にも見られる。暗黙の掟を絶対に破ってはならない、そういう組織形態は、この島の一般人にも共通する要素だと思う。
(つづく)
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