2024年11月05日( 火 )

支配・侵略の6000年の歴史の変遷~イタリア・シシリー島(10)

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 今回は、ツアーに参加した名島活用(仮名)氏によるシシリー島の食文化についてのレポートを掲載する。

シシリーの食と文化

 ヨーロッパは荒涼なるごつごつとした岩と、その合間に生える草原の土地から成り立った文化である。我々東洋の高温多湿の泥土の土地からは想像できない、貧しい土地に暮らす民である。その環境はシシリー島も同様であるが、地理的にシシリーは地中海のほぼ中央に位置する文明の交差点であり、歴史的にもさまざまな民族が覇権を争ってきた要所である。地中海の冬はともかく、夏はタライに水を張った鏡のような大海であるがゆえに、小舟でも容易に異国へ繰り出すことができたのだという。

 今回、私はシシリー島東部の町を探索してきた。今回訪れたのは、北から風光明媚なタオルミーナ、カターニャを経て南の港町シラクーサへ。また世界遺産の街ラグーサや陶器の町カルタジローネにも足を延ばし、農家レストランで自家製のワインとスローフードを頂いた。移動の際の車窓からは、古代にイスラムの民が持ち込んだとされる、オレンジ・レモン・オリーブの畑の木々が整然と連なり、それこそ延々とおびただしく続く。

 山々は草原の緑を全体にまとっていた。それがシシリーの冬の姿であり、逆に夏は草が枯れ、褐色の大地が露わになるという。さらに、地中海対岸のサハラからもたらされるシロッコと呼ばれる熱風もまた、シシリーの農産物へ影響を与えているとのこと。ちなみにオレンジだが、我々がよく目にするオレンジ色の果肉のほかに、濃い赤色のいわゆるブラッドオレンジがある。ただし、外観からは果肉の色は判断できない。宿泊しているホテルの朝食で毎回登場したが、赤い色が濃いほど酸味が立つのだという。しかし、日本で飲むジュースのような後を引く酸味は感じなかった。むしろ引き締まった酸味と漂うような甘みと果実香が印象的であり、すっきりとして軽い。当たり前だがすこぶるフレッシュなのである。

 シシリー島の食は、はっきり言って旨い。こういうと身も蓋もないのだが、素材の良さもあってすべての面ですばらしい。料理とは良い素材が手に入る地であれば、料理そのものは、さほど発達しない。あまり良いとはいえない素材を、手を加え何とか旨いものにする努力が料理の原点であるため、良い素材の前では手を加え過ぎる事が野暮となるのだ。その意味では日本料理も醤油という万能優秀調味料の出現もあって、素材を生かす引き算の調理方法となっている。同じくシシリーにも同様の事をうかがわせる料理が並ぶ。醤油に替わりトマトとオリーブオイルが仕事をする。さらにレモンもあって必要以上に手を加えない。どこかの国の料理のように、バターや生クリームのソースで仕上げる事はない。素材の良さを引き出す料理法なのである。

 農家レストランで頂いたショートパスタ(リガトーニ)は芳醇で濃厚なトマトソースが混然一体となり、太陽の光を豊かに受けた大地の恵みを十分に堪能できる一皿だった。またタオルミーナのトラットリアでは、ボロネーゼのラビオリと、ハムとチーズを揚げた大きなナスで巻き、濃厚なトマトソースでアクセントを付けた地元を代表する逸品が並んだ。その旨さは忘れられない。いただく程に料理の味、見た目、香り、すべてが混然一体となって陶酔する。まさにイタリアであり「ボーノ」である。

 港町シラクーサは、やはりタコ・カジキ・イワシが並ぶ。タコは地中海沿岸ではよく食されるそうで、タコマリネはこの地を代表する料理でもある。シラクーサではリストランテで食事をしたのだが、やはりリストランテ(レストラン)よりトラットリア(食堂)のほうが私の口には合うようだ。

 この町では市場も多くの人で賑わっていた。なるほど市場に行くとこの地の食材の豊富さが実感できる。あの大きなナスは日本の米ナスを大きくした様なものでかなり立派なもの。海産物も豊富である。ホウボウだのチヌだの日本で見慣れた魚も多い。目移りするなか魚屋の太った主から「カラスミ」と聞き慣れた言葉が聞こえた。「は?」と怪訝に思い通り過ぎたが、実はシシリーはカラスミ2000年の歴史があり、日本の400年の歴史とは格が違うとのこと。知らぬこととはいえ随分と勿体ない事をしてしまった。その隣の店先では、ブラッドオレンジを触る私に「一個なら持って行っていいよ」と八百屋の店主。実は一個単位での販売はなくkg単位での販売であった。なにせとにかく安いのである。

 シシリー島はワイン用の葡萄の産地でもある。しかし生産された葡萄はブレンド用として販売されることが多く、島内にワイナリーは少ないと聞く。だが、そのなかでも良質で長期熟成に向く秀逸なワインもある。

 イタリアはもともと、地元固有種の葡萄を使った地ワインが多く、ここシシリーでも「ネロ・ダヴォーラ」という品種がある。この葡萄はシラー種のような、何とも妖艶で深淵さをもつフルボディタイプであり、トマトソースに抜群の相性をもつ。我々は出会う店でソムリエに地ワインを要求し、毎食、毎食あびるほど飲んだ。本場で好きなだけ地元料理をいただき地元ワインをがぶ飲みする。何とも贅沢の極みではないか。人生は楽しい。仲間との大笑いとともに摂取したカロリーは、気にする事なくまた「サルーテ」を繰り返し、そして夜が更ける。

(了)

 
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