2024年11月25日( 月 )

【巨大地震に備える(4)】300億円を捧げた男

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 宮崎県では、この県特有の、のんびりとしたおおらかな県民性が関係しているのか、南海トラフ地震対策がほとんどなされていない状況だ。
 そうした状況下、本日(8日)の新聞各紙で南海トラフ地震の被害想定額が1410兆円にのぼるというニュースが報じられた。別項に記すが、このニュースをみて危機感を抱いてもらえればと思っている。

 記者は以前から南海トラフのレポートを報じてきた。
 今回は5月3日から6日まで、南海トラフ地震で最大の被害発生が予想される静岡県に飛んで、浜松から清水までの海岸線を隅から隅まで見て廻った。そこで分かったのは津波に対する対策が万全な場所は唯一、浜松市の海岸のみということだったのだ。
 静岡市で開業している友人の医師に会食の際、南海トラフ地震についての質問を投げかけてみたが、まるで関心を示さなかった。静岡県民も宮崎県民と同じく、おおらかなのか地震に対する警戒感が薄いことが気になった。
 しかし、南海トラフ地震対策のために300億円を寄付したある経営者がいることを知ったことで驚く。

鉄壁の備え

 まず浜松市の遠州浜に赴いた。東西に松林が立ち並び、塩害防止の役割をはたしてきたという。そこに建売の新興住宅地が形成されており、横には県営住宅もある。遠州灘に隣接した同地の居住環境は抜群である。ただし南海トラフの襲来が無ければの話だ――。

 松林を通り抜けた300m先が遠州灘だ。当日の海は荒れていて、強い潮風が吹き視界不良だった。
万が一、高波の襲来があれば松林の壁は一瞬にして粉砕されてしまうだろう。そして遠州浜周辺の住宅街は、いとも簡単に波にさらわれてしまうだろう。そう思った矢先のことだ。眼前に高さ15mはあると思われる堤防が立ち塞がっているではないか。それを見て非常に頼もしく感じた。堤防は西は浜名湖から東は天竜川河口まで続いている(河口までの3キロはまだ工事中である)。
 この堤防建設には建設費用300億円を投げうった、ある住宅会社のオーナーの存在がある。

一条工務店創業者・大澄賢次郎氏の決断

 (株)一条工務店は1978年9月に浜松市で設立された大手ハウスメーカー。創業者は大澄賢次郎氏だ。同社は大澄氏の指導力の下、瞬く間に全国展開をはたし、連結売上高4,000億円規模の大手住宅会社へと飛躍した。非上場企業のためオーナーの独断専行が可能な同社は『郷土と地元を守る』という崇高な理念を具体的に実行してきた。
 この大澄賢次郎氏の存在を知った時、私はすぐさま『現代の本間さまだ』と思った。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と羨ましがられた本間家は現在の山形県酒田市の名家で、江戸時代に北前海運業で財をなした商人だ。しかし、ただの商人ではない。
 酒田は冬場、日本海から西風の強風に襲われて塩害の被害が続出した。1600年代末に当時の本間家の当主・原光が莫大な資金を投入して塩害封鎖のための松林の植林に成功したのだ(関連記事)。この本間原光の現代版が大澄賢次郎氏、その人だ。

 話は8年前に遡る。12年6月に静岡県は、浜松市の浜名湖今切口から天竜川西岸の約17.5kmに渡り、防湖堤の整備工事を行うことを発表。この『浜松市沿岸域防湖堤整備事業』の工事に際し、一条工務店グループは合計300億円の寄付を行うことを表明した。
 静岡県・浜松市・一條工務店グループの三者で基本合意がなされ、12年度から3年間に分けて100億円ずつ寄付することが決まった。
 防湖堤の工事は14年4月に着工して19年度内には竣工予定としている(現地に立って見た判断からも工期の遅れはないものと思われる)。
 300億円という途轍もない資金を南海トラフ被害から郷土を守るために投入する経営者はいないだろう。同社にコメントを求めてみたものの、「自慢話にとられたくない」と至って謙虚な姿勢をとっている。『現代の本間原光』は大澄賢次郎氏以外にいないと言っても過言ではないだろう。

(つづく)

 
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