こども病院人工島移転の是非を問う住民投票条例案が審議された福岡市議会。民主党・栃木義博市議(早良区選出、当選3回)の反対討論は、有権者を侮辱し、住民投票そのものを否定するという、驚きの内容だった。
栃木市議から送付された発言の原稿、市議会の録画を確認し、その全文を掲載する。明日から、詳細について徹底検証していく。
2008年11月19日 福岡市議会 臨時総会 本会議
民主・市民クラブ 栃木義博市議会議員
「福岡市立こども病院人工島移転の是非を問う住民投票条例」案に対する反対討論
私たちは、本議会に提出された「福岡市立こども病院人工島移転の是非を問う住民投票条例」案が、法律論の観点から妥当性を欠き、かつ政策的合理性の観点からも非現実的であると評価し、当該条例案に対する反対討論を行うものであります。その理由について、順を追って下記に申し述べます。
第一の理由は、住民投票実施をめぐっては解決されるべき諸問題が多く、今日においても制度設計が国レベルで確立していないという点であります。現在、内閣府に設置されている地方制度調査局においては、昭和51年の第16次制調から平成12年の第26次地制調にわたって住民投票制度のあり方について議論されていますが、住民投票制度のあり方について議論されていますが、住民投票について議論されたものとしては最新の第26次地制調における「地方分権時代の住民自治制度のあり方及び地方税財源の充実確保に関する答申」においても、住民投票制度の一般的制度化については、「住民投票の対象とすべき事項、選挙で選ばれた長や議会の権限との関係、投票結果の拘束力のあり方等、種々の検討すべき論点があり、一般的な住民投票の制度化については、その成案を得るに至らなかった」として、更なる検討が必要であることが指摘されています。さらに、平成16年5月に地方分権改革推進会議より提出された「地方公共団体の行財政改革の推進等行政体制の整備についての意見」書においても、「今後、一般的な住民投票の制度的枠組み等の検討を深めるに当たっては、制度設計を国の法律で定めるか地方の条例にゆだねるか、住民投票の発議における首長や議会の判断の余地をどの程度とするか、住民投票の対象事項をどうするか、住民投票の結果に拘束力を持たせるか、投票の成立要件をどうするか、現行の直接請求制度との関係などについて、意見の集約を図る必要がある」として、住民投票実施にあたっては、今もなお整理されるべき課題が多いことが指摘されています。
それだけ、住民投票のあり方というものが政治論的、または法律論的に整理することが難しい課題であることを示唆するものでありますが、諸々の学説において、住民投票制度がどのように位置付けられているか、なぜ住民投票を制度化することが困難であるかという点を、識者の指摘を引用して、下記に具体的に述べたいと思います。
まず、住民投票という制度そのものに対する考え方でありますが、東京大学名誉教授の原田尚彦(なおひこ)氏によれば、「現行の地方自治は、間接民主主義を基本とし、直接民主主義の諸制度は、間接民主主義を補完しその欠陥を矯正するために限定的に認められた例外的制度にとどめている」と、住民意思の直接の発動によって決定される住民投票については法律論の立場から行き過ぎた解釈に警鐘を鳴らしています。また、同氏は、「住民投票という直接民主主義の手法は、議会制民主主義が機能不全に陥った場合これを矯正し、自治を復元する道を開く、いわば補足的な制度である」とも指摘しており、すなわち、住民投票を実施するには「議会が機能不全に陥っている」と認められる事象が発現されることが前提であることを指摘しています。
そこで、果たして福岡市議会が「機能不全に陥っているか否か」が住民投票を実施する際の判断基準として考えられますが、私たちをはじめ責任ある会派は議会において、こども病院のあり方については長い時間を掛けて論点を整理すると共に、慎重な議論を重ねてきたところであり、良識ある議会人としては到底受け入れることの出来ない見解です。これまでの議会における議論の詳細については後述いたしますが、何をもって議会が「機能不全」に陥っていると判断されるのかについては、直接請求の内容からは読み取ることが出来ません。
次に、住民投票の制度化にあたっての課題ですが、駒澤大学法学部教授の大山礼子氏は、わが国において住民投票を実施する際の課題として、①有権者は、たいていの場合、適切な判断を下すために必要な情報をもたず、専門的知識が少ないほか、ムードや感情に左右され、合理的・長期的な判断が難しい点、②住民の意見は単純なものではなく、人によって微妙なニュアンスの差があるのが普通で、二者択一の設問では住民の総意ははかりがたい点、③住民投票による政策決定は、いわば「責任者不在」であって、首長も地方議会の結果について説明責任を負う必要がない点、④住民投票は地方議会における議論や結論に至る過程を軽視することになるという点、⑤住民投票は少数者の権利を侵害する決定が為される危険性がある点の5項目を指摘しております。
私たち民主・市民クラブは、住民投票が、住民の意思を確認するために非常に重要な手段であり、適切に利用すれば代議制民主主義を補完して住民の意思を政治に反映する有効な手段になりうる点については否定するものではありません。しかし、以上述べてきたとおり、現行制度による住民投票については民意反映の客観性や法的効力に課題なしとは言い切れない問題をはらんでおり、今後十分な議論による合意形成が必要であると考えます。
第二の理由は、本市議会におけるこれまでのこども病院のあり方に関する議論を軽視しているという点です。福岡市議会においては、昨年本市がアイランドシティ検証・検討作業を表明して以降、市立病院のあり方について医療機能、療養環境、経営形態を含め様々な角度から議論がなされてきました。平成19年第1回定例会から本年9月に行われた平成20年第4回定例会までの議論に限っても、延べ39人の議員が本会議場で質疑を行い、また特別委員会や各分科会、および各常任委員会における議論も含めると、810項目にもおよぶ質問がなされており、十分な審議を重ねてきたところであります。議論の視点に関しては、新病院の整備場所のみならず敷地面積、担うべき医療機能、移転に伴う小児医療の配置バランス、交通アクセス、医師等人材の確保、整備費用、経営形態、収支見込み、病院事業の財政健全化、市民間意見・医療関係者の意見の受け止め方、病院事業運営審議会答申の受け止め方、アイランドシティ整備事業検証・検討に関すること、新病院事業の進め方等、多くの視点から議論を尽くしてきました。
その結果、その中でもこども病院のアイランドシティへの移転で懸念されていた「病院への交通アクセス」の問題に関しては、自動車専用道路の整備についてはその必要性を多くの会派が市に強く主張し、行政も具体化に向けて作業を進めているところであり、現こども病院移転後の西部地域における医療バランスの問題に関しても、議会における指摘により周辺医療機関との連携を協議するための会議体設置を市に促し設置にこぎつけるなど、議会での質問や討論を通して、議会はその役割を最大限に果たしてきたところであります。
ところが、本議会で提案された条例案においては、議会における討論の過程を軽視して市民に二者択一の判断を迫る内容となっています。議会制民主主義のもとでの政策決定においては、単に表決の結果だけが重要なのではありません。表決に至るまでの討論を通じて問題点を明らかにし、他人の意見を参考にしながら自分の意見に修正を加え、必要とあれば互いの歩み寄りと妥協によって合意に達するプロセスそのものに評価があるのです。一部の限定的な主張のみで、先に述べられた様々な論点や、議会における議論のあり方についてなんら触れられていない本条例案は、議会人として断じて容認できるものではありません。
第三の理由は、本条例案においては市の病院事業計画に対する合理的な反論がほとんどなされていないという点です。本市は、市立病院経営者の在り方を根本から検証するという市長公約に基づき「現こども病院の建て替えを機に、医療水準の向上と療養環境の確保を図り、経営改革を推し進めることにより、新しい時代にふさわしい医療を提供する」ことを第一義的に考え、当該目的を実現するためにはどのような場所がふさわしいかという手順で、アイランドシティが移転先として最適であるという結論を導いています。その際、複数の候補地との比較検討を、数値を用いて論理的に行い、その結論に対しての合理性は担保されていると評価しています。また、移転によって発生する様々な課題については、それを如何に解消、あるいは最小化するかという視点から議論を行い、その解消策についても明示してきたところであります。
ところが、本議会で提案された条例においては、それら合理的な市の説明に対してなんら論理的な反論を行うことなく、単に病院移転地の是非のみを問うという、結果的に議論の矮小化を図る内容になっています。政策論の観点からすると、論理的な反論も無いままアイランドシティへの移転の是非のみを問うような住民投票の実施は、一貫性、展望性に富んだ本市の総合行政が維持できない可能性が高く、到底賛成できるものではありません。
以上の理由から、本議会に提出された「福岡市こども病院人工島移転の是非を問う住民投票条例」案に対しては反対の意を表明するものでありますが、最後に、こども病院は福岡市全域の子どもたちの医療のみならず、九州を超えて西日本全域の子どもたちにとっての「最後の砦」とも言うべき小児専門の病院でもあります。そのような重要な施設が本市に存在し、それを運営していることをわれわれ福岡市民は誇りに感じ、そのような誇りを抱くに相応しい医療機能を備えた病院を整備していくことが本市の責務であるという所見も申し添えておくとともに、私たちの主張に対しまして、議員各位、並びに140万市民の皆様の御賛同を賜りますよう強くお願い申し上げて、私の討論を終わらせていただきます。