高松組が窮地に追い込まれることとなった原因はいくつか挙げられるが、そのひとつが(株)ロワールとの関係だ。
ロワールとは、共同事業としてマンション分譲を行っていたが、その内容は高松組が事業主でロワールが企画と販売代理という図式。これは、ロワールが単独での資金調達能力が欠けていたからだ。
ロワールとこうしたことを行っていたゼネコンは、他にも数社あった。しかし、ロワール社長の母袋氏の経営能力などを早々と見切り、付き合いを切っていた。「要領は良いのだが、完売しないとマンション事業は妙味がないのに、最後のパワー不足を感じた」「あれでは、中・長期の取引はできないと判断した」「資金はこちら持ちだが、その責任感が薄かった」などが主な理由だった。
ところが、高松社長はなかなか完売しないという状況でも、ロワールとの付き合いをやめなかった。経営者としての厳しい判断を誤ったのだ。
その結果、共同事業での「ロワール波多江」を、最後は高松組が被ることになった。販売しないと、建築代金を含めた資金が回収できないのだが、その金額は5億円を超えていたという。
長い付き合いという情にほだされ、決断できなかった甘さが大きな負担を強いられることとなったのだ。
【山口 恭介】
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